第二十四話 谷を埋める魔物たち
北部森林防衛戦――。
戦いは既に数時間が経過していた。
谷の入口では、冒険者たちが必死に防衛線を維持している。
倒しても倒しても現れる魔物。
ゴブリン。
オーク。
フォレストウルフ。
まるで終わりのない濁流だった。
「右側押されてるぞ!」
「前衛二班移動!」
「怪我人を下げろ!」
「回復薬を前線へ!」
怒号が飛び交う。
剣と剣がぶつかる音。
魔法が炸裂する轟音。
魔物たちの咆哮。
戦場は完全な混沌に包まれていた。
それでも――。
防衛線は、崩れていない。
理由は一つだった。
谷。
ビルセイヤが提案した地形利用作戦が、見事に機能していたのである。
狭い通路へ魔物を誘導することで、数的優位を封じる。
もし平原で戦っていたなら。
数千に及ぶ魔物の群れに飲み込まれ、防衛線はとっくに崩壊していただろう。
「助かったな……」
Aランククランのリーダーが呟く。
「正面決戦だったら終わってた」
周囲の冒険者たちも頷く。
今になってようやく分かる。
あの作戦が、どれほど重要だったのかを。
一方――。
最前線では、ビルセイヤが剣を振るっていた。
斬る。
避ける。
受け流す。
そして仕留める。
その動きは、流れる水のように自然だった。
力任せではない。
最小限の動きで最大限の結果を出している。
剣道。
そして合気道。
前世で積み上げた技術が、今ここで生きていた。
「すげぇ……」
近くで戦う冒険者が思わず呟く。
魔法も使わない。
派手な必殺技もない。
だが強い。
圧倒的に強い。
その時だった。
ドォォォォン!!
地面が揺れる。
巨大な影が前線へ飛び出してきた。
「オークリーダーだ!」
誰かが叫ぶ。
通常のオークより二回りは大きい。
筋肉の塊のような巨体。
巨大な戦斧を振り回している。
Bランク相当。
一般冒険者では太刀打ちできない強敵だった。
だが――。
ビルセイヤは一歩前へ出る。
呼吸を整える。
視線を合わせる。
そして踏み込んだ。
瞬間。
剣が閃く。
オークリーダーの右腕が宙を舞った。
「ギャアアアアアア!」
絶叫。
だが、それも一瞬だった。
二撃目。
首筋へ放たれた斬撃。
巨大な頭部が空を舞う。
ドォォォォン!!
巨体が地面へ倒れ伏した。
沈黙。
そして――。
「嘘だろ……」
誰かが呟く。
オークリーダー。
Bランク相当の強敵。
それを、たった二撃で倒した。
周囲の冒険者たちは言葉を失う。
ツバサもその光景を見ていた。
強い。
だが――。
本当に驚いたのは、そこではない。
「怪我人を後方へ!」
「前衛三班交代!」
「無理をするな!」
ビルセイヤは戦いながら、周囲へ指示を飛ばしていた。
戦場全体を見ている。
自分だけが活躍しようとしていない。
皆で勝つ。
皆で生き残る。
その考え方が、言葉の端々から伝わってくる。
「なるほどな……」
ツバサは小さく笑う。
だから人が集まるのか。
だから信頼されるのか。
だから皆がついていくのか。
その時だった。
グオオオオオオオオオオオオオッ!!
森の奥から、凄まじい咆哮が響いた。
空気が震える。
木々が揺れる。
大地が唸る。
その場にいた全員の背筋へ、冷たいものが走った。
「なんだ……?」
冒険者の一人が震える声を漏らす。
そして――。
森の奥から現れた。
巨大な影。
オークより大きい。
馬より大きい。
四メートルを超える巨体。
漆黒の毛皮。
鋭い爪。
血のように赤い瞳。
「まさか……」
ギルド支部長の顔が青ざめる。
「ブラックベア……」
災害級魔物。
Bランク上位。
単独でも村を壊滅させる怪物。
それがスタンビートの中心に存在していた。
冒険者たちの間に動揺が広がる。
だが――。
一人だけ違った。
ビルセイヤである。
静かに剣を構える。
巨大な魔物を真っ直ぐ見据える。
恐怖はない。
焦りもない。
そして――。
「なるほど」
小さく呟いた。
「お前が群れの主か」
ブラックベアが咆哮を上げる。
戦場の空気が変わった。
ここからが本当の戦い。
ビルセイヤと災害級魔物。
運命の激突が、始まろうとしていた。
――続く。




