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第二十二話 スタンビート前夜

 スタンビート発生の報告から一日――。


◇◇◇


 エメラルド・グリーンの街は、かつてない緊張感に包まれていた。


◇◇◇


 普段は商人たちの威勢の良い声で賑わう大通りも、どこか慌ただしい。


◇◇◇


 鍛冶師たちは武器の最終調整に追われ。


◇◇◇


 商人たちは食料や回復薬を買い集め。


◇◇◇


 街の兵士たちは防壁や門の点検を行っている。


◇◇◇


 誰もが迫り来る脅威を理解していた。


◇◇◇


 スタンビート。


◇◇◇


 大量の魔物による災害。


◇◇◇


 対応を誤れば街一つが消えることさえある。


◇◇◇


 だからこそ街全体が総力戦の準備を進めていた。


◇◇◇


 そんな中。


◇◇◇


 ビルセイヤたちは冒険者ギルド本部の会議室へ呼ばれていた。


◇◇◇


 部屋の中には各クランの代表者たちが集まっている。


◇◇◇


 Aランククランのリーダー。


◇◇◇


 Bランククランの幹部。


◇◇◇


 冒険者ギルド職員。


◇◇◇


 そして街の兵士長。


◇◇◇


 重苦しい空気が漂っていた。


◇◇◇


 やがて支部長が立ち上がる。


◇◇◇


「これが現在判明している情報だ」


◇◇◇


 机の上へ大きな地図が広げられた。


◇◇◇


 北部森林地帯。


◇◇◇


 街の北側に広がる広大な森である。


◇◇◇


 そこには赤い印がいくつも書き込まれていた。


◇◇◇


「確認されている魔物はゴブリンの群れ」


◇◇◇


「オークの群れ」


◇◇◇


「フォレストウルフ」


◇◇◇


「その他小型魔物多数」


◇◇◇


 会議室がざわつく。


◇◇◇


 どれも単体なら大した相手ではない。


◇◇◇


 しかし問題は数だった。


◇◇◇


 百。


◇◇◇


 二百。


◇◇◇


 そんな数ではない。


◇◇◇


 千を超える可能性がある。


◇◇◇


「厄介だな……」


◇◇◇


 Aランク冒険者が腕を組む。


◇◇◇


 スタンビート最大の脅威は数だ。


◇◇◇


 一体一体は倒せる。


◇◇◇


 だが押し寄せる波は人を飲み込む。


◇◇◇


 その時だった。


◇◇◇


「一点質問があります」


◇◇◇


 静かな声が響く。


◇◇◇


 ビルセイヤだった。


◇◇◇


 全員の視線が集まる。


◇◇◇


「何だ?」


◇◇◇


 支部長が促す。


◇◇◇


「北部森林の地形はどうなっていますか?」


◇◇◇


 一瞬、会議室が静かになった。


◇◇◇


 地形。


◇◇◇


 普通なら魔物の種類や数を聞く。


◇◇◇


 だがビルセイヤは違った。


◇◇◇


「地形?」


◇◇◇


「はい」


◇◇◇


 ビルセイヤは頷く。


◇◇◇


「数で押してくるなら、正面からぶつかる必要はありません」


◇◇◇


 そう言いながら地図を指差した。


◇◇◇


「ここです」


◇◇◇


 谷になっている場所だった。


◇◇◇


「ここへ誘導できませんか?」


◇◇◇


 支部長が目を細める。


◇◇◇


「続けろ」


◇◇◇


「狭い場所なら魔物の数を制限できます」


◇◇◇


「数の優位を潰せます」


◇◇◇


 会議室の空気が変わった。


◇◇◇


 地球で言うところの地形利用戦術。


◇◇◇


 ビルセイヤにとっては当たり前の発想だった。


◇◇◇


 しかしこの世界では珍しい。


◇◇◇


「なるほど……」


◇◇◇


 兵士長が地図を見る。


◇◇◇


「確かに正面決戦より被害が少なくなる」


◇◇◇


「面白いな」


◇◇◇


 Aランククランのリーダーも頷く。


◇◇◇


「ならば前衛クランで谷の入り口を封鎖する」


◇◇◇


「弓兵は高台へ配置だ」


◇◇◇


 次々と意見が出始めた。


◇◇◇


 支部長も力強く頷く。


◇◇◇


「採用する」


◇◇◇


「これを基準に作戦を組み立てるぞ」


◇◇◇


 会議室の空気が一変する。


◇◇◇


 絶望的な防衛戦ではない。


◇◇◇


 勝つための戦いへ変わったのだ。


◇◇◇


 こうして各クランへ役割が割り振られていく。


◇◇◇


 前衛部隊。


◇◇◇


 側面迎撃部隊。


◇◇◇


 弓兵支援部隊。


◇◇◇


 補給部隊。


◇◇◇


 クランシステムの強みが発揮され始めていた。


◇◇◇


 会議が終わる頃には、防衛計画はかなり具体的なものになっていた。


◇◇◇


 そして夜――。


◇◇◇


 宿へ戻ったビルセイヤたちは食堂で夕食を取っていた。


◇◇◇


 明日は戦い。


◇◇◇


 自然と会話も少なくなる。


◇◇◇


 そんな中。


◇◇◇


「どうぞ」


◇◇◇


 リリアが温かなスープを差し出した。


◇◇◇


「ありがとう」


◇◇◇


 ビルセイヤはいつものように礼を言う。


◇◇◇


 その何気ない一言に、リリアは少しだけ微笑んだ。


◇◇◇


 どれだけ忙しくても。


◇◇◇


 どれだけ有名になっても。


◇◇◇


 ビルセイヤは変わらない。


◇◇◇


 必ず感謝を伝えてくれる。


◇◇◇


 だからこそ。


◇◇◇


 無事でいてほしい。


◇◇◇


 笑顔で帰ってきてほしい。


◇◇◇


 そう願わずにはいられなかった。


◇◇◇


「大丈夫ですよ」


◇◇◇


 不意にビルセイヤが言った。


◇◇◇


「え?」


◇◇◇


 リリアが顔を上げる。


◇◇◇


「皆で帰ってきます」


◇◇◇


 その言葉は不思議なほど力強かった。


◇◇◇


 まるで心を読まれたようだった。


◇◇◇


 リリアの頬が少し赤くなる。


◇◇◇


 そんな二人を見て。


◇◇◇


 セシリアとエミリアは顔を見合わせた。


◇◇◇


 そして小さく笑う。


◇◇◇


 本人たちは気付いていない。


◇◇◇


 だが周囲には分かっていた。


◇◇◇


 リリアがビルセイヤを特別な目で見始めていることを。


◇◇◇


 そして翌朝――。


◇◇◇


 スタンビート迎撃部隊は北部森林地帯へ向けて出発する。


◇◇◇


 ビルセイヤにとって初めての大規模防衛戦。


◇◇◇


 後に『北部森林防衛戦』と呼ばれる英雄譚。


◇◇◇


 その第一幕が、静かに幕を開けようとしていた。


第二章 第二十二話


「スタンビート前夜」


――続く。

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