第七話 初めての剣
シーサスの街に、朝日が差し込む。
まだ人通りも少ない早朝。
冒険者ギルドの訓練場では、一人の青年が黙々と木の枝を振っていた。
ビルセイヤである。
異世界へ来てから、毎朝欠かさず続けている日課だった。
ヒュン――と、風を切る音が響く。
踏み込み。
振り下ろし。
体捌き。
呼吸。
重心移動。
すべてが、淀みなく一つに繋がっていく。
長年続けてきた剣道の型。
刀鍛冶として剣を見つめ、剣士として剣を振るってきたビルセイヤにとって、それはすでに身体に刻み込まれたものだった。
「……ふぅ」
最後の一振りを終え、ビルセイヤは大きく息を吐いた。
額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
だが、疲労よりも心地よさの方が勝っていた。
異世界へ来てからというもの、生きるために戦わなければならない場面が増えた。
だからこそ、鍛錬を怠るつもりはない。
剣は、一日休めば鈍る。
師範代だった頃、師匠から何度も言われた言葉だ。
その教えは、異世界に来ても変わらずビルセイヤの中に生きていた。
「相変わらず熱心ですね」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、訓練場の入口にセシリアが立っていた。
朝日に照らされた金髪が、柔らかく光を帯びている。
「おはよう」
「おはようございます」
セシリアは中へ入ってきながら、少し苦笑する。
「毎朝やっているんですか?」
「ああ」
「よく続きますね」
「習慣みたいなものだ」
ビルセイヤにとって、剣を振るうことは歯を磨くのと同じだった。
やらないと落ち着かない。ただ、それだけである。
しかしセシリアは、感心したように頷いた。
「だから強いんですね」
「そうか?」
「そうですよ」
ゴブリンソルジャーとの戦いを思い出したのだろう。
セシリアは真面目な顔で言った。
「努力し続けられる人は強いです。才能だけの人より、ずっと」
その言葉に、ビルセイヤは少しだけ照れた。
「買いかぶりすぎだ」
「そんなことありません」
セシリアはきっぱりと言い切る。
まっすぐな目でそう言われると、さすがに悪い気はしなかった。
◇◇◇
訓練を終えた二人は、ギルド食堂で朝食を取っていた。
白パン。
野菜のスープ。
果実ジュース。
簡素だが、朝の胃にはちょうどいい温かい食事だった。
「そういえば」
パンをちぎりながら、セシリアがふと思い出したように口を開く。
「いつまで木の枝を使うんですか?」
ビルセイヤの動きが止まった。
「……痛いところを突くな」
「だって普通は、もう武器を買いますよ」
ぐうの音も出ない正論だった。
異世界へ来てからというもの、ビルセイヤはずっと木の枝で戦ってきた。
スライムも。ゴブリンも。ゴブリンソルジャーも。全部、木の枝だ。
今思えば、なかなかにおかしい。
「確かにな」
ビルセイヤは苦笑した。
依頼をこなして、多少の金も貯まっている。
借金の返済も順調だ。そろそろ正式な武器を持つべきだろう。
「今日は武器屋へ行くか」
「その方がいいと思います」
セシリアは即答した。
「むしろ今まで木の枝でどうにかしてたのが変なんです」
「否定できないな……」
◇◇◇
朝食後、二人は武器屋へ向かった。
シーサスでも有名な武器店らしく、店内には朝から多くの冒険者が出入りしている。
扉を開けた瞬間、鉄と油の匂いが鼻をくすぐった。
壁には、ずらりと武器が並んでいる。
剣。
槍。
斧。
短剣。
弓。
解体用ナイフに、投げナイフまである。
「おぉ……」
ビルセイヤは思わず感嘆の声を漏らした。
刀鍛冶見習いだった血が騒ぐ。
一本一本を手に取り、鍛造の癖や重心の置き方を確かめたくなるほどだった。
「兄ちゃん、武器を探してるのか?」
店の奥から、店主らしき大男が声をかけてきた。
筋骨隆々の身体。
太い腕には、鍛冶職人特有の火傷跡がいくつも残っている。
どうやらこの男も、ただの商人ではなく鍛冶をかじっているらしい。
「ああ」
「初心者か?」
「冒険者になってまだ数日だ」
「なるほどな」
店主は顎に手を当てると、壁に掛かっていた一本の剣を持ってきた。
「なら、まずはこれだ」
差し出されたのは、鉄のロングソードだった。
冒険者の定番武器。
扱いやすさと耐久性のバランスが良く、初心者にも勧めやすい一本なのだろう。
◇◇◇
ビルセイヤは剣を受け取った。
まずは重さを確かめる。
次に重心。
手の内への収まり。
軽く振って軌道を確認する。
「どうだ?」
店主が尋ねる。
ビルセイヤは正直な感想を口にした。
「良い剣だ」
品質は十分。
鉄の精錬も悪くない。
鍛造の癖も少なく、実用武器としてはかなり優秀な部類だろう。
だが――。
「ただ?」
「少し慣れない」
日本刀とは構造が違う。
両刃の直剣。
重心も、刃筋の通し方も、振り抜いた時の感覚も違う。
剣道の感覚とまったく噛み合わないわけではない。
だが、微妙なズレがあった。
店主は、面白そうに笑った。
「兄ちゃん、珍しいな」
「そうか?」
「普通の冒険者見習いは、そんなところまで見ない」
ビルセイヤは曖昧に笑ってごまかした。
わざわざ自分が刀鍛冶見習いだったことを説明する必要もない。
◇◇◇
その後も、ビルセイヤは店内を見て回った。
銅の剣。
鉄の槍。
鉄の斧。
解体用ナイフ。
投げナイフ。
武器を見るだけでも、その街の文化や技術水準が分かる。
刀鍛冶としての視点で見れば、この武器屋はなかなか興味深かった。
そんな中。
棚の隅に、一本だけ静かに置かれている剣が目に入った。
「これは?」
ビルセイヤが手を伸ばすと、店主が少し困ったような顔をする。
「ああ、それか。売れ残りだよ」
刀身には小さな傷がある。
新品ではないらしい。
だが――不思議と目を引いた。
装飾は少ない。
派手さもない。
それでも、どこか芯の通った雰囲気がある。
ビルセイヤは剣を持ち上げた。
手に馴染む。
重さもいい。
握りも悪くない。
何より、振った時の感覚がしっくりきた。
「品質は悪くないな」
「だろ? でも見た目が地味でな。人気がないんだよ」
ビルセイヤは何度か軽く振ってから、迷わず言った。
「これにする」
「本当にいいのか?」
「ああ。これがいい」
理由は、うまく言葉にできなかった。
だが、この剣を選ぶべきだと直感したのだ。
◇◇◇
店を出る頃には、ビルセイヤの腰には一本の剣が下がっていた。
異世界で初めて手に入れた武器。
初めての相棒。
木の枝とは違う。
ちゃんとした剣だ。
腰に重みがあるだけで、不思議と気持ちが引き締まる。
「ようやく冒険者らしくなりましたね」
隣でセシリアが笑った。
「そうだな」
ビルセイヤも自然と笑みを浮かべる。
もっと強くなろう。
もっと多くの人を助けられるようになろう。
そんなことを考えていた、その時だった。
「セシリアさん!」
冒険者ギルドの職員が、こちらへ駆けてくる。
息を切らしながら叫んだ。
「緊急依頼です!」
「どうしたんですか?」
セシリアの表情が、一瞬で引き締まる。
職員は周囲を見回し、緊張した声で告げた。
「シーサス東の森付近で、オークの群れが確認されました!」
その言葉に、周囲の冒険者たちがざわつく。
オーク。
ゴブリンとは比較にならない強敵。
駆け出し冒険者が単独で遭遇すれば、命を落としてもおかしくない魔物だ。
「討伐隊を編成します! 動ける冒険者は至急ギルドへ!」
職員の叫びを聞きながら、ビルセイヤは腰の剣へ手を置いた。
初めて手に入れた武器。
そして、初めて挑む本格的な強敵。
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
まだ彼は知らない。
このオーク討伐で、後に人生を大きく変えるエルフの少女――エミリアと出会うことになることを。
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第一章 第七話
初めての剣
――続く。




