第十七話 鍛冶革命の始まり
エメラルド・グリーン鍛冶師ギルド――。
歴代ギルドマスターだけが使用を許される特別工房。
そこには朝から、多くの職人たちが集まっていた。
誰もが興味津々だった。
昨日現れた若き冒険者。
ギルドマスター・ガルドに認められた天才鍛冶師。
そのビルセイヤが、特別工房をどう使うのか。
気になって仕方がなかったのである。
だが――。
彼らの予想は、最初から大きく外れることになる。
「まずは炉を改良しましょう」
ビルセイヤがそう言ったからだ。
工房内が静まり返る。
剣を作ると思っていた。
名工の技を見せてくれると思っていた。
まさか最初に、炉を改良すると言い出すとは誰も予想していなかった。
「炉を?」
若い鍛冶師が首を傾げる。
「はい」
ビルセイヤは当然のように頷いた。
「今の炉も十分高性能です。ですが、改善できる部分があります」
そう言いながら、紙へ図を書き始める。
空気の流れ。
熱の循環。
燃焼効率。
炉内部の構造。
職人たちは、次第に真剣な表情になっていった。
「なるほど……」
ガルドが腕を組む。
理解はできる。
だが、発想がなかった。
鍛冶師は経験で炉を扱う。
先人から学び、少しずつ改良する。
しかし、ビルセイヤは違った。
理論から組み立てている。
「送風口を増やすのか?」
老職人が尋ねる。
「ただ増やすだけではありません」
ビルセイヤは首を振った。
「重要なのは空気の流れです」
「この角度で送風すると、炎が渦を巻きます」
「そうすると、燃焼効率が上がります」
職人たちの顔色が変わる。
聞けば聞くほど、理にかなっていた。
理屈が分かる。
だからこそ恐ろしい。
「面白い」
ガルドがニヤリと笑う。
「やるぞ!」
「「おおおおお!!」」
職人たちが一斉に動き出した。
こうして、特別工房の炉改修が始まる。
普段なら数日かかる作業。
しかし、ここには優秀な職人が大勢いる。
作業は驚くほど早く進んだ。
昼過ぎには、改良作業が完了する。
そして――。
いよいよ、火入れの時が来た。
全員が炉の前へ集まる。
木炭が投入される。
火が灯る。
送風が始まる。
次の瞬間だった。
「なっ!?」
若い職人が目を見開く。
炎が違う。
明らかに勢いが違う。
しかも、安定している。
まるで生き物のように、力強く燃えていた。
「温度上昇が早い!」
「火力が落ちないぞ!」
「木炭の消費も少ない!」
職人たちから驚きの声が上がる。
ガルドも炉を見つめたまま、固まっていた。
長年、鍛冶を続けてきた。
だからこそ分かる。
これは本物だ。
確実に性能が向上している。
「本当に改良しやがった……」
思わず呟く。
周囲の職人たちも深く頷いていた。
だが――。
「まだ改良できますよ」
ビルセイヤが何気なく言った。
工房が静まり返る。
「まだだと?」
ガルドが振り返る。
「はい」
ビルセイヤは当然のように答えた。
「炉壁の材質を変えれば、保温性能を上げられます」
「断熱構造も工夫できます」
「さらに燃料効率も――」
「待て」
ガルドが額を押さえた。
職人たちも同じだった。
ついていけない。
だが、面白い。
もっと聞きたい。
そんな顔をしている。
一方、少し離れた場所ではセシリアたちが見学していた。
「本当に楽しそうですね」
エミリアが微笑む。
「ええ」
セシリアも頷いた。
剣を振るう時。
鍛冶をする時。
仲間を助ける時。
ビルセイヤは、いつも全力だ。
だから人が集まる。
自然と。
一方リリアは、職人たちへお茶を配っていた。
「どうぞ」
「ありがとう、嬢ちゃん」
「助かるよ」
職人たちにも、すっかり可愛がられている。
そして、ふと視線を向ける。
そこには、炉の前で真剣に説明を続けるビルセイヤの姿があった。
楽しそうな横顔。
仲間たちと笑う姿。
誰かの役に立てた時の、嬉しそうな表情。
見ているだけで、胸が温かくなる。
「リリア?」
セシリアが声を掛けた。
「えっ!?」
慌てて振り向く。
セシリアは、意味深に微笑んでいた。
「何でもないわ」
リリアの頬が、ほんのり赤くなる。
その様子を見て、エミリアも小さく笑った。
本人だけが気付いていない。
いや――。
気付かないふりをしているのかもしれない。
こうして始まった、鍛冶師ギルドの改革。
それは、単なる設備改良では終わらない。
後に王国全体の鍛冶技術を大きく発展させる――。
『鍛冶革命』
その記念すべき第一歩となるのだった。
――続く。




