第十六話 特別工房
翌朝――。
◇◇◇
エメラルド・グリーンの朝は早い。
◇◇◇
商人たちは日の出と共に動き始め、職人たちは既に仕事へ取り掛かっている。
◇◇◇
街のあちこちから活気ある声が聞こえてきた。
◇◇◇
一方。
◇◇◇
ビルセイヤたちは鍛冶師ギルド近くの宿に泊まっていた。
◇◇◇
昨夜は歓迎会で大いに盛り上がったものの、職人たちは酒に強い。
◇◇◇
朝には何事もなかったかのように働いているらしい。
◇◇◇
「おはようございます」
◇◇◇
部屋の扉が開き、リリアが朝食を運んでくる。
◇◇◇
焼きたてのパン。
◇◇◇
具だくさんの野菜スープ。
◇◇◇
香草入りの卵料理。
◇◇◇
宿の料理ではあるが、綺麗に盛り付けられていた。
◇◇◇
「ありがとうございます」
◇◇◇
ビルセイヤが礼を言う。
◇◇◇
リリアは少し照れたように微笑んだ。
◇◇◇
誰かに感謝される。
◇◇◇
それだけで嬉しかった。
◇◇◇
盗賊団に囚われていた頃には考えられなかった日常である。
◇◇◇
「今日は鍛冶師ギルドへ行くんですよね?」
◇◇◇
セシリアがスープを飲みながら尋ねる。
◇◇◇
「ああ」
◇◇◇
ビルセイヤは頷いた。
◇◇◇
昨夜、ガルドから特別工房の使用許可をもらった。
◇◇◇
まずは設備を見てみたい。
◇◇◇
それが今の率直な気持ちだった。
◇◇◇
「楽しみそうですね」
◇◇◇
エミリアが笑う。
◇◇◇
「分かるか?」
◇◇◇
「顔を見れば分かります」
◇◇◇
完全に子供の顔です。
◇◇◇
その言葉にセシリアも頷いた。
◇◇◇
ビルセイヤは苦笑するしかない。
◇◇◇
朝食を終えた一行は鍛冶師ギルドへ向かった。
◇◇◇
そして到着すると――。
◇◇◇
「待っていたぞ!」
◇◇◇
ガルドの大声が建物中に響いた。
◇◇◇
朝から元気である。
◇◇◇
「おはようございます」
◇◇◇
「うむ!」
◇◇◇
ガルドは豪快に笑った。
◇◇◇
「早速だが来い!」
◇◇◇
そう言うと工房の奥へ歩き出す。
◇◇◇
職人たちも興味津々だった。
◇◇◇
昨日一日でビルセイヤの名前はギルド中へ広まっている。
◇◇◇
どんな工房を使うのか。
◇◇◇
どんな武器を作るのか。
◇◇◇
皆が気になっていた。
◇◇◇
そして。
◇◇◇
ギルド最奥部。
◇◇◇
一枚の巨大な鉄扉の前でガルドが立ち止まる。
◇◇◇
「ここだ」
◇◇◇
重厚な扉が開かれた。
◇◇◇
ギィィィィィ――。
◇◇◇
その先に広がる光景を見て、ビルセイヤは思わず息を呑む。
◇◇◇
「これは……」
◇◇◇
広い。
◇◇◇
普通の工房の三倍以上はある。
◇◇◇
巨大な炉。
◇◇◇
最高品質の金床。
◇◇◇
壁一面に整然と並ぶ工具。
◇◇◇
さらに奥には貴重な鉱石や金属素材まで保管されていた。
◇◇◇
「凄いですね……」
◇◇◇
セシリアも驚いている。
◇◇◇
「まるで王城の宝物庫みたいです」
◇◇◇
エミリアも感心したように周囲を見回した。
◇◇◇
「これが特別工房だ」
◇◇◇
ガルドが胸を張る。
◇◇◇
「歴代ギルドマスターだけが使用を許される工房」
◇◇◇
「王国最高峰の設備を揃えている」
◇◇◇
その言葉に偽りはなかった。
◇◇◇
鍛冶師なら誰もが憧れる場所。
◇◇◇
それがここだった。
◇◇◇
だが。
◇◇◇
ビルセイヤの反応は職人たちの予想とは違った。
◇◇◇
彼は炉の前まで歩いて行く。
◇◇◇
じっと観察する。
◇◇◇
側面を見る。
◇◇◇
送風口を見る。
◇◇◇
内部構造を確認する。
◇◇◇
そして。
◇◇◇
「ガルドさん」
◇◇◇
「なんだ?」
◇◇◇
「この炉、改良できますか?」
◇◇◇
沈黙。
◇◇◇
工房が静まり返る。
◇◇◇
職人たちの動きが止まった。
◇◇◇
ガルドも固まる。
◇◇◇
数秒後。
◇◇◇
「……は?」
◇◇◇
間の抜けた声が漏れた。
◇◇◇
歴代ギルドマスターが使い続けてきた最高峰の炉。
◇◇◇
それを見て最初に出た感想が。
◇◇◇
改良できますか。
◇◇◇
だった。
◇◇◇
「お前なぁ……」
◇◇◇
ガルドが額を押さえる。
◇◇◇
「普通は感動するところだぞ」
◇◇◇
「感動していますよ」
◇◇◇
ビルセイヤは真面目に答えた。
◇◇◇
「ただ――」
◇◇◇
炉を軽く叩く。
◇◇◇
「送風効率が少し悪いです」
◇◇◇
「燃焼に無駄があります」
◇◇◇
「ここを改善すれば炉内温度をもっと安定させられます」
◇◇◇
職人たちの表情が変わった。
◇◇◇
冗談ではない。
◇◇◇
本気で言っている。
◇◇◇
しかも説明にも説得力があった。
◇◇◇
「さらに」
◇◇◇
ビルセイヤは続ける。
◇◇◇
「燃料消費も減らせます」
◇◇◇
「同じ木炭でももっと高温を維持できます」
◇◇◇
ざわり――。
◇◇◇
職人たちが顔を見合わせる。
◇◇◇
炉は鍛冶師の命だ。
◇◇◇
性能向上。
◇◇◇
燃費改善。
◇◇◇
それは全職人が飛び付く話だった。
◇◇◇
ガルドの表情も真剣になる。
◇◇◇
「詳しく聞かせろ」
◇◇◇
その声に職人たちも一斉に集まった。
◇◇◇
剣の技術だけではない。
◇◇◇
設備そのものを改良しようとしている。
◇◇◇
誰も予想していなかった展開だった。
◇◇◇
こうしてビルセイヤは。
◇◇◇
剣を打つ前に。
◇◇◇
鍛冶師ギルドそのものを進化させることになる。
◇◇◇
後に――。
◇◇◇
エメラルド・グリーンの鍛冶技術が飛躍的に発展したきっかけとして語られる改革が、静かに始まろうとしていた。
第二章 第十六話
「特別工房」
――続く。




