第十八話 商人ギルバードの提案
鍛冶師ギルドの改革が始まって数日――。
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エメラルド・グリーン鍛冶師ギルドは、かつてない活気に包まれていた。
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ビルセイヤの提案によって改良された炉は予想以上の成果を上げている。
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火力は安定し。
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燃料の消費は減り。
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作業効率まで向上した。
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「信じられん……」
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若い鍛冶師が改良炉を見つめながら呟く。
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「同じ木炭を使っているとは思えない」
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「鍛造時間まで短くなってるぞ」
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周囲の職人たちも何度も頷く。
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今やビルセイヤの名前を知らない者はギルド内にいなかった。
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若き天才鍛冶師。
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そんな呼び名まで付いている。
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もっとも本人は全く自覚していなかった。
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そんなある日の午後。
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「ビルセイヤ殿!」
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聞き慣れた声が響く。
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振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたギルバードが立っていた。
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その顔を見た瞬間。
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セシリアがため息を吐く。
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「何か企んでますね」
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即答だった。
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ギルバードは商人である。
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しかも優秀な商人だ。
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だからこそ分かる。
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この顔は何か思い付いた時の顔だった。
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「人聞きが悪いですな」
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ギルバードは笑う。
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しかし否定はしない。
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つまり図星だった。
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「実は大変素晴らしい提案があります」
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「嫌な予感しかしません」
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セシリアが即答する。
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周囲の職人たちが吹き出した。
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すっかりお約束になっている。
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「まず話を聞いてください」
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ギルバードは咳払いをした。
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そして真面目な顔になる。
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「ビルセイヤ殿の武器を売りませんか?」
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その場が静かになった。
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職人たちも耳を傾ける。
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「武器を売る?」
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ビルセイヤが首を傾げた。
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「ええ」
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ギルバードは大きく頷く。
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「今や鍛冶師ギルドであなたの名は有名です」
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「ならば商品として流通させるべきですぞ」
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商人らしい考え方だった。
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価値があるものは売る。
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需要があるなら届ける。
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それが商人の役目である。
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「でもなぁ……」
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ビルセイヤは少し困ったように頭を掻いた。
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鍛冶は好きだ。
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剣を作るのも好きだ。
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しかし商売として考えたことはほとんどない。
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「武器だけではありませんぞ」
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ギルバードが人差し指を立てる。
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「包丁です」
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「包丁?」
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反応したのはリリアだった。
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「そうです!」
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ギルバードの目が輝く。
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「料理人は良い包丁に金貨を惜しみません!」
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「貴族の料理長ならなおさらです!」
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「切れ味が良いだけで作業効率が段違いになりますからな!」
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熱弁が始まった。
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完全に商売モードである。
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「さらに農具!」
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「さらに工具!」
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「さらに生活用品!」
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「良い道具は必ず売れます!」
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止まらない。
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職人たちは苦笑していた。
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しかし誰も否定しない。
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言っていることは正しいからだ。
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そんな中。
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「私は良い考えだと思います」
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意外な声が響いた。
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リリアだった。
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全員の視線が集まる。
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リリアは少し恥ずかしそうにしながらも続けた。
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「良い包丁があれば料理は楽になります」
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「農具が良くなれば農家の人たちも助かります」
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「生活が便利になると思うんです」
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静かな言葉だった。
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だが説得力があった。
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リリアは戦えない。
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だからこそ分かる。
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人々の暮らしを支える道具の大切さが。
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ビルセイヤは少し考えた。
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確かに剣は人を守る。
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だが包丁も人を支える。
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農具もそうだ。
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工具もそうだ。
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どれも誰かの日常を支えている。
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「なるほどな」
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ビルセイヤは頷いた。
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「それも鍛冶師の仕事か」
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ガルドがニヤリと笑う。
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「ようやく気付いたか」
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「武器だけが鍛冶じゃねぇ」
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「暮らしを支える道具も立派な作品だ」
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職人たちも深く頷く。
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そして。
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「よし」
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ビルセイヤが立ち上がった。
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「試しに作ってみるか」
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その瞬間。
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ギルバードが拳を握り締めた。
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「おおっ!」
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「待っていましたぞ!」
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満面の笑みである。
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既に売れる未来が見えているのだろう。
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セシリアはそんなギルバードを見て苦笑する。
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だがビルセイヤはまだ知らなかった。
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自分が作る一本の包丁が。
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エメラルド・グリーンの料理人たちを驚かせ。
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貴族の料理長たちを熱狂させ。
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やがて王国中へ広まることになるとは。
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そして。
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ビルセイヤと出会ったことで運命が変わった商人ギルバード。
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彼の人生最大の商機が、今まさに動き始めようとしていた。
第二章 第十八話
「商人ギルバードの提案」
――続く。




