第十四話 名工ガルドの願い
――儂より上の鍛冶師に出会うとは思わなかった。
ギルドマスター・ガルドの言葉が、工房に響き渡る。
そして、工房全体が静まり返った。
誰も声を出さない。
誰も動かない。
ただ、呆然と立ち尽くしていた。
エメラルド・グリーン鍛冶師ギルド。
王国屈指の鍛冶師たちが集う場所。
その頂点に立つ男。
王国最高峰の名工と称されるガルド。
その本人が、自らの敗北を認めたのだ。
「ギ、ギルドマスター……」
若い鍛冶師が震える声を漏らす。
「本気ですか……?」
信じられない。
そんな表情だった。
だが、ガルドは鼻を鳴らす。
「鍛冶師が嘘を吐いてどうする」
そう言って、完成した剣を掲げた。
「見ろ」
職人たちが集まる。
ガルドは刀身を指差した。
「鍛え方に無駄がない」
「鉄の質を極限まで引き出している」
「しかも、技術に癖がない」
職人たちの顔色が変わる。
それがどれほど難しいことなのか、理解しているからだ。
熟練職人ほど、独自の癖が出る。
だが、この剣にはそれがない。
ただ純粋に、完成されていた。
「恐ろしい才能だ」
ガルドは静かに言った。
職人たちは黙り込む。
実際に見れば分かる。
認めざるを得ない。
目の前の青年は、本物だ。
「いやいや」
だが、当の本人は頭を掻いていた。
「そこまでではないですよ」
心からそう思っている顔だった。
その瞬間、職人たちが一斉に頭を抱える。
自覚がない。
恐ろしいほどに。
セシリアとエミリアも苦笑していた。
これがビルセイヤである。
本人は普通のつもりなのだ。
だから余計に質が悪い。
そんな中、ガルドが真剣な顔になる。
「ビルセイヤ」
「はい」
「頼みがある」
その声に、工房の空気が変わった。
職人たちも姿勢を正す。
ガルドほどの人物が、真剣に頼み事をする。
それだけで異常事態だった。
「頼み……ですか?」
ビルセイヤが首を傾げる。
ガルドは深く頷いた。
そして――。
「儂に鍛冶を教えてくれ」
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
「はぁぁぁぁぁっ!?」
工房が爆発した。
職人たちが一斉に叫ぶ。
「ギルドマスター!?」
「何言ってるんですか!?」
「王国最高峰の鍛冶師でしょう!?」
誰もが驚愕していた。
ギルドマスターが弟子入り志願。
前代未聞である。
だが、ガルドは真面目だった。
「鍛冶師は一生修行だ」
その一言で、工房が静かになる。
「歳は関係ない」
「立場も関係ない」
「上がいるなら学ぶ」
重みのある言葉だった。
だからこそ、彼は王国最高峰にまで登り詰めたのだろう。
技術に終わりはない。
学ぶことを止めた瞬間に、成長も止まる。
それがガルドの信念だった。
ビルセイヤは困ったように笑う。
「教えるほど大したことじゃ……」
「ある」
即答だった。
ガルドの目は本気だった。
職人たちも頷いている。
もはや誰も否定しない。
その様子を見ていたギルバートが、突然笑い出した。
「はっはっはっ!」
「面白いことになりましたな!」
完全に上機嫌だった。
商人の勘が告げている。
これは歴史的な出来事だ。
そして、とてつもない商機でもある。
「ギルバートさん」
セシリアが呆れた目を向ける。
「今、商機って考えてましたよね?」
「気のせいですぞ」
全く気のせいではなかった。
そのやり取りに、職人たちも笑う。
張り詰めていた空気が、少し和らいだ。
一方、リリアは少し離れた場所からその光景を見ていた。
出会って、まだ数日。
それでも分かることがある。
ビルセイヤは、特別な人だ。
強い。
優しい。
そして誰よりも努力家だ。
だが、本人は決して偉ぶらない。
困っている人がいれば助ける。
相手が誰であっても態度を変えない。
だから人が集まるのだろう。
自然と。
そんなことを考えていると――。
「よし!」
ガルドが豪快に声を上げた。
「今日は宴会だ!」
「宴会?」
ビルセイヤが聞き返す。
「当たり前だ!」
ガルドが大笑いする。
「こんな逸材を見付けたんだぞ!」
「祝わなくてどうする!」
その言葉に、職人たちも盛り上がった。
「酒を持ってこい!」
「肉もだ!」
「今日は飲むぞ!」
あっという間に宴会が決定する。
こうして――。
ビルセイヤは、エメラルド・グリーン鍛冶師ギルドから盛大な歓迎を受けることになった。
そしてこの日。
青年冒険者ビルセイヤの名は、職人たちの間で一気に広まる。
後に王国中へ轟く伝説の鍛冶師。
その第一歩が、今まさに刻まれようとしていた。
――続く。




