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第十二話 鍛冶師たちの衝撃

 エメラルド・グリーン鍛冶師ギルド――。


◇◇◇


 先ほどまで建物中に響いていた金属音は、いつの間にか止んでいた。


◇◇◇


 炉の炎は燃えている。


◇◇◇


 職人たちもそこにいる。


◇◇◇


 だが誰も仕事をしていなかった。


◇◇◇


 全員の視線が一振りの剣へ集中していたからだ。


◇◇◇


 ビルセイヤが打った剣。


◇◇◇


 それは今、エメラルド・グリーンでも腕利きと呼ばれる鍛冶師たちの手を渡っていた。


◇◇◇


「貸してみろ」


◇◇◇


 一人の老職人が前へ出る。


◇◇◇


 白髪混じりの髪。


 無数の火傷跡が残る腕。


◇◇◇


 長年、炉の前に立ち続けてきたことが一目で分かる男だった。


◇◇◇


 老職人は慎重に剣を受け取る。


◇◇◇


 そして刀身を見つめた。


◇◇◇


 刃文。


◇◇◇


 鍛え肌。


◇◇◇


 重心。


◇◇◇


 柄との繋がり。


◇◇◇


 一つ一つを確認する。


◇◇◇


 やがて。


◇◇◇


「ほう……」


◇◇◇


 感嘆とも驚愕とも取れる声が漏れた。


◇◇◇


 周囲の職人たちが固唾を呑んで見守る。


◇◇◇


 老職人は何度も剣を角度を変えて眺めた。


◇◇◇


 そして。


◇◇◇


「信じられん」


◇◇◇


 静かに呟いた。


◇◇◇


 その一言で周囲がざわつく。


◇◇◇


 普段から辛口で有名な職人だった。


◇◇◇


 そんな男が驚きを隠せない。


◇◇◇


 それだけで十分だった。


◇◇◇


「そんなに凄いんですか?」


◇◇◇


 セシリアが思わず尋ねる。


◇◇◇


 剣の良し悪しは分かる。


◇◇◇


 だが鍛冶師ほどではない。


◇◇◇


 老職人は真剣な顔で答えた。


◇◇◇


「凄いという言葉では足りん」


◇◇◇


「完成している」


◇◇◇


 空気が震えた。


◇◇◇


 完成している。


◇◇◇


 それは職人にとって最大級の評価だった。


◇◇◇


 未熟さが見当たらない。


◇◇◇


 粗もない。


◇◇◇


 無駄もない。


◇◇◇


 長年技術を磨き続けた熟練職人が辿り着く領域。


◇◇◇


 それが目の前の剣には存在していた。


◇◇◇


「誰に師事した?」


◇◇◇


 老職人がビルセイヤを見る。


◇◇◇


「独学です」


◇◇◇


 その瞬間。


◇◇◇


 鍛冶場が静まり返った。


◇◇◇


 誰も言葉を発しない。


◇◇◇


 数秒後。


◇◇◇


「は?」


◇◇◇


 誰かが間の抜けた声を漏らした。


◇◇◇


「独学?」


◇◇◇


「冗談だろ?」


◇◇◇


「あり得ねぇ……」


◇◇◇


 職人たちが一斉に騒ぎ出す。


◇◇◇


 鍛冶はそんな甘い世界ではない。


◇◇◇


 火の扱い。


 鉄の見極め。


 温度管理。


 鍛接。


 焼き入れ。


◇◇◇


 全てが経験の積み重ねだ。


◇◇◇


 十年修業しても一人前になれない者もいる。


◇◇◇


 それなのに。


◇◇◇


 独学でこの技術。


◇◇◇


 信じられるはずがなかった。


◇◇◇


「お前、本当に冒険者か?」


◇◇◇


 受付の男が聞く。


◇◇◇


「冒険者です」


◇◇◇


「鍛冶も好きですが」


◇◇◇


 ビルセイヤは首を傾げながら答えた。


◇◇◇


 その言葉に職人たちが頭を抱える。


◇◇◇


 好きでこのレベル。


◇◇◇


 才能という言葉すら生ぬるい。


◇◇◇


 まさに怪物だった。


◇◇◇


 その時。


◇◇◇


「騒がしいぞ!」


◇◇◇


 奥の工房から雷鳴のような声が響いた。


◇◇◇


 全員が振り返る。


◇◇◇


 そして慌てて道を開いた。


◇◇◇


 現れたのは一人の老人。


◇◇◇


 いや。


◇◇◇


 老人と呼ぶには大き過ぎた。


◇◇◇


 身長は二メートル近い。


◇◇◇


 鍛え上げられた肉体。


◇◇◇


 真っ赤な髭。


◇◇◇


 鋭い眼光。


◇◇◇


 まるで巨大な熊のような迫力を持っている。


◇◇◇


「ギルドマスター!」


◇◇◇


 職人たちが一斉に頭を下げた。


◇◇◇


 その人物こそ。


◇◇◇


 エメラルド・グリーン鍛冶師ギルドの頂点。


◇◇◇


 ギルドマスター・ガルド。


◇◇◇


 王国でも指折りの名工だった。


◇◇◇


「何の騒ぎだ」


◇◇◇


 不機嫌そうな声が響く。


◇◇◇


 すると老職人が剣を差し出した。


◇◇◇


「これをご覧ください」


◇◇◇


 ガルドは無言で受け取る。


◇◇◇


 そして刀身を見た。


◇◇◇


 次の瞬間。


◇◇◇


 その目が見開かれる。


◇◇◇


「……ほう」


◇◇◇


 職人たちがざわめく。


◇◇◇


 ガルドが驚く姿など滅多に見られない。


◇◇◇


 彼はしばらく剣を眺め続けた。


◇◇◇


 やがて顔を上げる。


◇◇◇


「誰が打った?」


◇◇◇


 先ほどと同じ質問。


◇◇◇


 ビルセイヤが手を挙げた。


◇◇◇


「私です」


◇◇◇


 ガルドの視線が突き刺さる。


◇◇◇


 鋭い。


◇◇◇


 まるで鋼そのもののような目だった。


◇◇◇


 数秒間の沈黙。


◇◇◇


 そして。


◇◇◇


「若いな」


◇◇◇


「よく言われます」


◇◇◇


 思わずセシリアが吹き出した。


◇◇◇


 周囲の職人たちも肩を震わせる。


◇◇◇


 この状況でその返しができるのは大したものだった。


◇◇◇


 ガルドはしばらく無言だった。


◇◇◇


 だが次の瞬間。


◇◇◇


 口元が吊り上がる。


◇◇◇


「面白い」


◇◇◇


 その言葉に空気が変わった。


◇◇◇


「小僧」


◇◇◇


「今から工房へ来い」


◇◇◇


「工房ですか?」


◇◇◇


「ああ」


◇◇◇


 ガルドは豪快に笑った。


◇◇◇


「その腕が本物か、この目で確かめてやる」


◇◇◇


 職人たちがどよめく。


◇◇◇


 ギルドマスター直々の試験。


◇◇◇


 そんなものは滅多に行われない。


◇◇◇


 それだけガルドが興味を持った証だった。


◇◇◇


 ビルセイヤは静かに頷く。


◇◇◇


「分かりました」


◇◇◇


 迷いはない。


◇◇◇


 鍛冶を愛する者として。


◇◇◇


 職人として。


◇◇◇


 受けて立つだけだった。


◇◇◇


 こうして。


◇◇◇


 ビルセイヤと鍛冶師ギルドマスター・ガルドの出会いは、新たな伝説の幕開けとなるのだった。


第二章 第十二話


「鍛冶師たちの衝撃」


――続く。

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