第十二話 鍛冶師たちの衝撃
エメラルド・グリーン鍛冶師ギルド――。
先ほどまで建物中に響いていた金属音は、いつの間にか止んでいた。
炉の炎は燃えている。
職人たちもそこにいる。
だが、誰も仕事をしていなかった。
全員の視線が、一振りの剣へ集中していたからだ。
ビルセイヤが打った剣。
それは今、エメラルド・グリーンでも腕利きと呼ばれる鍛冶師たちの手を渡っていた。
「貸してみろ」
一人の老職人が前へ出る。
白髪混じりの髪。
無数の火傷跡が残る腕。
長年、炉の前に立ち続けてきたことが一目で分かる男だった。
老職人は慎重に剣を受け取る。
そして刀身を見つめた。
刃文。
鍛え肌。
重心。
柄との繋がり。
一つ一つを確認するように、じっくりと目を走らせていく。
やがて――。
「ほう……」
感嘆とも驚愕とも取れる声が漏れた。
周囲の職人たちが固唾を呑んで見守る。
老職人は何度も角度を変えながら剣を眺めた。
そして。
「信じられん」
静かに呟いた。
その一言で、周囲がざわつく。
普段から辛口で有名な職人だった。
そんな男が、ここまで驚きを隠せない。
それだけで十分だった。
「そんなに凄いんですか?」
セシリアが思わず尋ねる。
剣の良し悪しは分かる。
だが、鍛冶師ほどではない。
老職人は真剣な顔で答えた。
「凄い――などという言葉では足りん」
「完成している」
空気が震えた。
完成している。
それは職人にとって、最大級の評価だった。
未熟さが見当たらない。
粗もない。
無駄もない。
長年技術を磨き続けた熟練職人が、ようやく辿り着く領域。
それが目の前の剣には存在していた。
「誰に師事した?」
老職人がビルセイヤを見る。
「独学です」
その瞬間――。
鍛冶場が静まり返った。
誰も言葉を発しない。
数秒後。
「は?」
誰かが間の抜けた声を漏らした。
「独学?」
「冗談だろ?」
「あり得ねぇ……」
職人たちが一斉に騒ぎ出す。
鍛冶はそんな甘い世界ではない。
火の扱い。
鉄の見極め。
温度管理。
鍛接。
焼き入れ。
全てが経験の積み重ねだ。
十年修業しても、一人前になれない者もいる。
それなのに――。
独学で、この技術。
信じられるはずがなかった。
「お前、本当に冒険者か?」
受付の男が聞く。
「冒険者です」
「鍛冶も好きですが」
ビルセイヤは首を傾げながら答えた。
その言葉に、職人たちが頭を抱える。
好きでこのレベル。
才能という言葉すら生ぬるい。
まさに怪物だった。
その時――。
「騒がしいぞ!」
奥の工房から、雷鳴のような声が響いた。
全員が振り返る。
そして慌てて道を開いた。
現れたのは一人の老人。
いや――。
老人と呼ぶには大き過ぎた。
身長は二メートル近い。
鍛え上げられた肉体。
真っ赤な髭。
鋭い眼光。
まるで巨大な熊のような迫力を持っている。
「ギルドマスター!」
職人たちが一斉に頭を下げた。
その人物こそ――。
エメラルド・グリーン鍛冶師ギルドの頂点。
ギルドマスター・ガルド。
王国でも指折りの名工だった。
「何の騒ぎだ」
不機嫌そうな声が響く。
すると老職人が剣を差し出した。
「これをご覧ください」
ガルドは無言で受け取る。
そして刀身を見た。
次の瞬間。
その目が見開かれる。
「……ほう」
職人たちがざわめく。
ガルドが驚く姿など、滅多に見られない。
彼はしばらく剣を眺め続けた。
やがて顔を上げる。
「誰が打った?」
先ほどと同じ質問。
ビルセイヤが手を挙げた。
「私です」
ガルドの視線が突き刺さる。
鋭い。
まるで鋼そのもののような目だった。
数秒間の沈黙。
そして――。
「若いな」
「よく言われます」
思わずセシリアが吹き出した。
周囲の職人たちも肩を震わせる。
この状況でその返しができるのは大したものだった。
ガルドはしばらく無言だった。
だが次の瞬間――。
口元が吊り上がる。
「面白い」
その言葉に空気が変わった。
「小僧」
「今から工房へ来い」
「工房ですか?」
「ああ」
ガルドは豪快に笑った。
「その腕が本物か、この目で確かめてやる」
職人たちがどよめく。
ギルドマスター直々の試験。
そんなものは滅多に行われない。
それだけ、ガルドがビルセイヤに興味を持った証だった。
ビルセイヤは静かに頷く。
「分かりました」
迷いはない。
鍛冶を愛する者として。
職人として。
受けて立つだけだった。
こうして――。
ビルセイヤと鍛冶師ギルドマスター・ガルドの出会いは、新たな伝説の幕開けとなるのだった。
――続く。




