第十話 エメラルド・グリーンへ
盗賊団のアジトを発見してから翌日――。
回収作業は、順調に進んでいた。
アジトの中から発見された盗品は、予想を遥かに超える量だった。
商会の刻印が入った木箱。
冒険者の装備品。
旅人の荷物。
貴金属や日用品。
盗賊団は長い間、この街道で悪事を重ねていたのだろう。
積み上げられた盗品の山が、それを物語っていた。
「これは大事件ですぞ……」
ギルバートが、回収品の目録を確認しながら額を押さえる。
「被害総額がどれほどになるのか、想像もできませんな」
商人として、複雑な心境なのだろう。
だが次の瞬間には、真剣な表情で頷いた。
「しかし、良かった。これで持ち主へ返せる品も多いはずです」
盗品が戻れば、救われる人がいる。
それだけでも、今回の盗賊討伐には大きな意味があった。
盗賊たちは、最寄りの町の衛兵へ引き渡されることになった。
そして一行は、再び旅を再開する。
今度は、一人増えていた。
リリアである。
盗賊団のアジトで保護された少女。
まだ本調子ではないが、昨日よりも顔色は良くなっていた。
「体調はどうだ?」
ビルセイヤが歩きながら尋ねる。
「はい、大丈夫です」
リリアは小さく微笑んだ。
「皆さんのおかげで、元気になりました」
「無理はするなよ」
「ありがとうございます」
短いやり取り。
だが、リリアの表情はどこか嬉しそうだった。
そんな二人を見ていたセシリアが、そっと微笑む。
ビルセイヤは無自覚だが、面倒見が良い。
困っている人を見ると、放っておけない。
だからこそ、自然と人が集まるのだろう。
そして――。
旅立ちから数日。
ついに目的地が見えてきた。
「見えましたぞ!」
ギルバートが大声を上げる。
全員の視線が前方へ向いた。
そこには、巨大な城壁がそびえ立っていた。
高く堅牢な石造りの壁。
その向こうには無数の建物が並び、さらに高い時計塔のような建築物が空へ伸びている。
「凄い……」
リリアが思わず呟く。
セシリアも感心したように頷いた。
「王都ほどではありませんが……十分大きな街ですね」
「当然ですぞ!」
ギルバートが胸を張る。
「ここは伯爵領エメラルド・グリーン!」
「王国第二の都市!」
「商人の街!」
「職人の街!」
「そして、我が故郷ですぞ!」
完全に地元愛が溢れていた。
その様子に、一同は思わず笑う。
やがて、一行は門へ到着した。
門の前には多くの人々が行き交っている。
商人。
冒険者。
職人。
旅人。
荷馬車の列も長く、王都に負けないほどの活気があった。
「身分証の提示をお願いします」
門番が声を掛けてくる。
ビルセイヤたちは冒険者ギルドカードを提示した。
問題なく通過できる。
冒険者ギルドカード保持者は、街の入場料が免除されるのだ。
そして、リリアの番になった。
彼女は少し不安そうな顔をする。
当然だった。
リリアは身分証を持っていない。
だが――。
「彼女は盗賊団の被害者です」
ビルセイヤが事情を説明した。
盗賊討伐の件も伝える。
門番は目を見開いた。
「盗賊団を捕まえたのですか?」
「はい」
「それは助かります。街でも問題になっていましたので」
どうやら、エメラルド・グリーンでも相当な問題になっていたらしい。
「後ほど、衛兵詰所で確認だけお願いします」
「分かりました」
無事に通行許可が下りる。
リリアは安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます……」
「気にするな」
ビルセイヤは穏やかに答える。
そして一行は、ついにエメラルド・グリーンへ足を踏み入れた。
石畳の大通り。
立ち並ぶ商店。
活気に満ちた呼び込みの声。
焼き立てパンの香り。
香辛料の香り。
鉄を打つ音。
街全体が、生きているようだった。
「ようこそ!」
ギルバートが両手を広げる。
「エメラルド・グリーンへ!」
その瞬間だった。
ビルセイヤの視線が、一点に固定される。
街の中心部。
巨大な煙突から白煙を上げる建物。
遠くからでも聞こえる、金属を打つ音。
そして看板には、大きく刻まれていた。
――鍛冶師ギルド。
「おお……」
思わず声が漏れる。
その目は、完全に輝いていた。
憧れの宝物を見つけた少年のように。
「やっぱり」
セシリアが額を押さえる。
「予想通りですね」
エミリアも苦笑した。
長旅の疲れ。
宿探し。
食事。
衛兵詰所への報告。
普通なら先にやることはたくさんある。
だが、ビルセイヤの頭の中には今――。
鍛冶しか存在していなかった。
こうして、商人と職人の街エメラルド・グリーンでの新たな物語が幕を開ける。
そしてビルセイヤは、まだ知らない。
この街での出会いが、自身の鍛冶師としての人生を大きく変えていくことを――。
――続く。




