第九話 リリア
盗賊団のアジトで保護した少女。
彼女は、セシリアに支えられながら椅子へ腰掛けていた。
痩せ細った身体。
薄汚れた服。
乱れた髪。
長い間、満足な生活を送れていなかったことは一目で分かった。
それでも、命に別状はない。
ビルセイヤたちは、そのことに胸を撫で下ろした。
「水をどうぞ」
エミリアが木製のコップを差し出す。
「ありがとう……ございます」
少女は両手で大切そうに受け取った。
一口。
また一口。
まるで水の味を確かめるように、ゆっくりと飲んでいく。
その仕草は、不思議と上品だった。
言葉遣いも丁寧で、礼儀正しい。
盗賊に捕まる前は、それなりに良い環境で育ったのかもしれない。
「もう大丈夫ですよ」
セシリアが優しく微笑む。
「盗賊たちは全員捕まりました。安心してください」
少女の肩から、少しだけ力が抜けた。
だが、その瞳にはまだ怯えが残っている。
当然だった。
突然助けられたとはいえ、周囲は見知らぬ人ばかり。
簡単に安心できるはずもない。
「私はビルセイヤ」
ビルセイヤが静かに名乗る。
「セシリアです」
「エミリアです」
三人が順番に自己紹介をした。
少女は少し迷った後、小さく頭を下げる。
「……リリアです」
鈴のような、小さな声だった。
それが、彼女の名前だった。
「リリアさんですね」
セシリアが柔らかく頷く。
「どこから来たんですか?」
その質問に、リリアの表情が曇った。
言いづらい過去なのだろう。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ」
エミリアが優しくフォローする。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、リリアは意を決したように口を開く。
「エメラルド・グリーンの近くにある、小さな村で暮らしていました」
その声は震えていた。
「暮らしていました?」
ビルセイヤが聞き返す。
リリアは俯いた。
握り締めた手が、小刻みに震えている。
「盗賊に、襲われたんです」
その言葉に、空気が重くなる。
「村は燃やされました」
「家も……」
「家族も……」
そこから先は、言葉にならなかった。
セシリアが、そっとリリアの肩へ手を置く。
リリアは唇を噛み締めていた。
泣かないように耐えているのだろう。
だが、その瞳には涙が浮かんでいた。
「それで、盗賊たちに捕まったんですか?」
エミリアが静かに尋ねる。
リリアは小さく頷いた。
「雑用係として連れて行かれました」
「食事の準備や掃除……」
「洗濯も、全部……」
それだけで十分だった。
どれほど辛い日々だったのか、想像できてしまう。
ギルバートも険しい顔をしていた。
「許せませんな……」
普段の陽気な商人とは思えない、低く怒りを含んだ声だった。
しばらく沈黙が流れる。
そして――。
リリアがおずおずと口を開いた。
「あの……」
「私は、これからどうなるのでしょうか……」
その問いに、誰もすぐには答えられなかった。
帰る家はない。
家族もいない。
まだ若い少女が一人で生きるには、この世界は厳しすぎる。
「ギルバートさん」
ビルセイヤが振り返る。
「エメラルド・グリーンで仕事はありますか?」
ギルバートは少し考えた後、力強く頷いた。
「ありますぞ。商業都市ですからな」
「人手不足の店は山ほどあります。住み込みの仕事も紹介できますぞ」
リリアの表情が、少しだけ明るくなった。
だが、不安はまだ残っている。
そんな彼女を見て、セシリアが微笑んだ。
「エメラルド・グリーンまでは、一緒に行きましょう」
リリアが驚いたように顔を上げる。
「いいんですか……?」
「もちろんです」
セシリアは優しく頷いた。
「一人にしておく方が心配ですから」
エミリアも微笑む。
「助けた以上、最後まで面倒を見ます」
その言葉を聞いた瞬間、リリアの瞳から涙が溢れた。
今まで張り詰めていたものが、切れたのだろう。
「ありがとう……ございます……」
ぽろぽろと涙が零れる。
セシリアは何も言わず、そっとリリアを抱き締めた。
温かな腕。
優しい温もり。
リリアは声を殺して泣いた。
失ったものは戻らない。
だが、それでも前へ進まなければならない。
ビルセイヤは、そんな彼女を静かに見守っていた。
こうして――。
ビルセイヤたちの旅に、新たな同行者が加わる。
まだ誰も知らない。
この少女が、未来においてビルセイヤの最も身近な存在の一人となることを。
戦場では戦わない。
だが、誰よりも家族を支え、屋敷を守り、
仲間たちの帰る場所を守る存在になることを。
運命の出会いは、いつも静かに始まる。
――続く。




