第四話 商人ギルバート
野営地に夜の帳が下りる。
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焚き火の炎が静かに揺れ、旅人たちはそれぞれ夕食を囲んでいた。
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商人たちは翌日の行程を確認し、冒険者たちは武器の手入れを行う。
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旅の途中にある、ありふれた夜の光景だった。
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そんな中。
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「お初にお目にかかります!」
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勢いよく頭を下げた男がいた。
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先ほど野営地へ到着した商人である。
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「私はギルバートと申します!」
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「伯爵領エメラルド・グリーンで商会を営んでおります!」
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年齢は四十代後半ほど。
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丸々とした体格に、人懐っこい笑顔。
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一目で商売人だと分かる人物だった。
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「ビルセイヤです」
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「セシリアです」
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「エミリアです」
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三人も挨拶を返す。
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するとギルバートの顔がさらに明るくなった。
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「やはり本物でしたか!」
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「王都で噂になっておりますぞ!」
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セシリアが苦笑する。
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どうやら想像以上に名前が広まっているらしい。
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「そんな大したことではありません」
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ビルセイヤは謙遜した。
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だがギルバートは大きく首を横に振る。
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「いえいえ!」
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「オークロード討伐など普通の冒険者では成し遂げられません!」
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「しかも王家から評価されていると聞いておりますぞ!」
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どこから情報を仕入れているのか。
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商人の情報網は侮れない。
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「それより」
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ビルセイヤが話題を変える。
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「ギルバートさんはエメラルド・グリーンの商人なんですよね?」
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「ええ!」
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ギルバートが胸を張った。
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「かれこれ三十年以上商売をしております!」
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ベテラン中のベテランである。
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「どんな街なんですか?」
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エミリアが興味深そうに尋ねる。
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するとギルバートは待ってましたとばかりに語り始めた。
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「素晴らしい街ですよ!」
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「王都ほど大きくはありませんが、とても活気があります!」
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「商人も職人も多い!」
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「特に木工職人と鍛冶師は有名ですな!」
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その瞬間。
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ビルセイヤの耳がぴくりと動いた。
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「鍛冶師?」
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声の調子が明らかに変わる。
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セシリアが嫌な予感を覚えた。
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「おお!」
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ギルバートが嬉しそうに頷く。
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「優秀な鍛冶師が数多くおります!」
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「武器も農具も質が高い!」
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「王都から直接注文が来る職人もおりますぞ!」
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ビルセイヤの目が輝いた。
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完全に食いついた。
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セシリアとエミリアは同時にため息をつく。
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予想通りだった。
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「鍛冶師ギルドは大きいですか?」
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「もちろんです!」
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「職人街の中心にありますぞ!」
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「ほう……」
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完全に興味津々だった。
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そこからしばらく。
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話題は鍛冶一色になる。
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鉄鉱石。
鋼材。
鍛造技術。
武器の品質。
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ギルバートも商人だけあって知識が豊富だった。
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気付けば二人だけで盛り上がっている。
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「楽しそうですね……」
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セシリアが呆れ半分で呟く。
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「本当に好きなんですね」
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エミリアも苦笑した。
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ビルセイヤが剣士であることは間違いない。
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だが本質は鍛冶師なのかもしれない。
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やがて話題は街の事情へ移った。
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その時だった。
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ギルバートの表情が少し曇る。
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「実は最近、少し物騒でしてな」
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「何かあったんですか?」
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セシリアが尋ねる。
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「街道で盗賊が出るようになったのです」
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三人の表情が変わった。
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盗賊。
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冒険者にとって決して無関係ではない存在だ。
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「強い相手なんですか?」
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ビルセイヤが聞く。
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「そこまでではありません」
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「ですが数が多いのです」
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ギルバートは困ったように肩を竦めた。
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「各地へ散って活動しておりますのでな」
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「捕まえても別の場所で現れる」
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「商人たちは大変困っております」
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護衛費の高騰。
交易量の減少。
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商業都市にとって深刻な問題らしい。
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「冒険者ギルドは?」
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エミリアが尋ねる。
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「討伐依頼は出ています」
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「ですが完全には解決できておりません」
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なるほど。
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厄介な相手のようだ。
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ビルセイヤは静かに考える。
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もし遭遇したら放置はできない。
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困っている人がいるなら助けたい。
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そんな性格を二人はよく知っていた。
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セシリアとエミリアが顔を見合わせる。
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また何かに首を突っ込みそうだ。
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だが。
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それこそがビルセイヤらしい。
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夜は更けていく。
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焚き火の炎が小さくなり始めた頃。
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「では私はそろそろ休ませていただきます」
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ギルバートが立ち上がった。
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「楽しい時間をありがとうございました」
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「こちらこそ」
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ビルセイヤも頭を下げる。
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するとギルバートは笑顔で言った。
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「エメラルド・グリーンへ来られた際は、ぜひ私の商会へお越しください!」
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「歓迎いたしますぞ!」
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そう言い残し、自分の馬車へ戻っていった。
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静かな夜。
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焚き火を見つめながら、ビルセイヤは空を見上げる。
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新しい街。
新しい出会い。
新しい技術。
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そして。
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まだ見ぬ鍛冶師たち。
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エメラルド・グリーンへの期待は、ますます大きくなっていくのだった。
第二章 第四話
「商人ギルバート」
――続く。




