第四十九話 黒き封印と旅立ちの鐘
『人の子か』
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黒い霧で形作られた人影が、不気味な赤い瞳で三人を見下ろしていた。
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その存在感は異常だった。
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呼吸が重い。
空気そのものが圧し掛かってくるような圧迫感。
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セシリアは無意識に剣の柄を握り締める。
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エミリアも杖を構えたまま動けずにいた。
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今まで出会ったどの魔物とも違う。
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本能が警鐘を鳴らしている。
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だが。
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ビルセイヤだけは、その存在を真っ直ぐ見据えていた。
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恐怖がないわけではない。
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むしろ今まで出会った誰よりも危険だと理解している。
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だからこそ冷静だった。
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『面白い』
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人影が低く笑う。
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『恐怖に呑まれぬか』
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「お前は何者だ?」
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ビルセイヤが問い掛ける。
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人影はしばらく沈黙した。
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まるで遠い昔を思い出すかのように。
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そして。
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『名など忘れた』
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『遥か昔に封じられた存在だ』
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その言葉にエミリアの表情が変わる。
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「封印……」
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古代遺跡。
黒い水晶。
異常な魔力。
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全てが繋がった。
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「フォレスト・キングも……」
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『我が漏らした魔力に当てられた哀れな獣よ』
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人影は興味なさそうに答えた。
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『長き封印の綻び』
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『その影響を受けただけだ』
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つまり。
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失踪事件の原因は目の前の存在。
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漏れ出した魔力。
森の異変。
狂暴化した魔物。
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全ての元凶だった。
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「失踪した人たちはどうした!」
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セシリアが思わず声を上げる。
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人影は淡々と答えた。
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『知らぬ』
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『我に近付いた弱き者は正気を失った』
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『逃げた者もいれば命を落とした者もいるだろう』
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セシリアが唇を噛む。
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怒りが込み上げる。
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だが今は感情に流される時ではない。
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その時だった。
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人影の身体が大きく揺らいだ。
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『……ふむ』
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『まだ封印は残っているか』
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黒い霧が不安定に揺れ続ける。
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ビルセイヤは気付いた。
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完全復活ではない。
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まだ封印の中にいる。
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だからこそ姿が安定していないのだ。
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『人の子』
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赤い瞳がビルセイヤを見据える。
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『名は何と言う』
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「ビルセイヤ」
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短く答える。
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『ビルセイヤか』
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人影はその名を反芻するように呟いた。
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『覚えておこう』
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不思議だった。
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圧倒的な危険を感じる。
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だが敵意は薄い。
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まるで観察されているような感覚だった。
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『いずれまた会うことになる』
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その言葉と共に黒い霧が薄くなっていく。
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『今はまだ時ではない』
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『封印が我を縛る』
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そして。
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最後に赤い瞳だけが残った。
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『強くなれ』
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『人の子よ』
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その瞬間。
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黒い霧は完全に消滅した。
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静寂。
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重苦しい圧力も消えている。
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まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。
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「終わった……んでしょうか?」
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セシリアが呟く。
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「分からない」
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ビルセイヤは首を横に振った。
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ただ一つだけ確かなことがある。
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今の自分たちでは勝てない。
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あの存在はそれほど強大だった。
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その後。
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三人は遺跡内部を調査した。
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すると失踪していた冒険者や村人たちを発見する。
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衰弱していたものの命に別状はない。
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正気を失っていた者も、エミリアの治癒魔法と休息によって徐々に回復し始めた。
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失踪事件は解決した。
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少なくとも表面上は。
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夕暮れ。
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三人は王都へ帰還する。
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ガルドへの報告。
騎士団への説明。
生還者の引き渡し。
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全てが終わった頃には、すっかり夜になっていた。
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「お疲れ様でした」
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セシリアが笑顔を見せる。
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「本当に色々ありましたね」
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エミリアも頷いた。
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ゴブリン討伐。
初めての依頼。
オークとの戦い。
オークロード討伐。
王都への旅。
国王との謁見。
フォレスト・キング。
そして古代遺跡。
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異世界へ来てから、まだ数か月しか経っていない。
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それでも数え切れない経験を積んできた。
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「そうだな」
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ビルセイヤは夜空を見上げた。
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満天の星。
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どこまでも広がる異世界の空。
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そして脳裏に浮かぶ。
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剣術の理。
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強敵との戦い。
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鍛冶の技。
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守るべき仲間。
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もっと強くなりたい。
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もっと良い刀を打ちたい。
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もっと広い世界を見てみたい。
◇◇◇
その想いは、異世界へ来た頃より遥かに強くなっていた。
◇◇◇
こうして――。
◇◇◇
ビルセイヤの冒険者としての第一章は幕を閉じる。
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だが。
◇◇◇
これは終わりではない。
◇◇◇
新たな出会い。
新たな街。
新たな仲間。
新たな強敵。
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そして。
◇◇◇
未来の創造神へと続く運命の道。
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その全てが、これから待っている。
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青年は歩き出す。
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まだ見ぬ未来へ向かって。
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その足取りは、どこまでも力強かった。
第一章 第五十話
「黒き封印と旅立ちの鐘」
――第一章 完――




