第四十八話 森の奥に眠るもの
フォレスト・キングとの激戦を終えた後――。
森には再び静寂が戻っていた。
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倒れた巨体。
漂う血の匂い。
戦いの痕跡。
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誰が見ても討伐は完了している。
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だが。
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ビルセイヤの表情は険しいままだった。
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「どうしたんですか?」
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セシリアが不思議そうに尋ねる。
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ビルセイヤは森の奥を見つめたまま答えた。
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「まだ終わっていない気がする」
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静かな声だった。
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フォレスト・キングは確かに強敵だった。
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だが戦闘中に感じた違和感が消えない。
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狂暴化した時に溢れ出した赤黒い魔力。
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あれは自然なものではなかった。
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まるで誰かに無理やり力を与えられたような、不自然な気配だった。
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「実は私も……」
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セシリアが小さく頷く。
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「何だか嫌な感じがしています」
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冒険者として積み重ねてきた経験。
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それが警鐘を鳴らしていた。
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その時だった。
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エミリアが森の奥へ顔を向ける。
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「魔力です」
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「まだ流れています」
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エルフ特有の鋭い感覚。
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自然の魔力に敏感な彼女だからこそ分かる。
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「しかもフォレスト・キングより先です」
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三人の表情が変わった。
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つまり。
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失踪事件の原因は別にある。
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フォレスト・キングは真相ではない。
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ただの一部に過ぎないのだ。
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「行くか?」
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ビルセイヤが二人を見る。
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「もちろんです」
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セシリアは即答した。
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「失踪者の調査が本来の依頼ですから」
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「私も賛成です」
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エミリアも頷く。
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三人は慎重に森の奥へ進み始めた。
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しかし。
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進めば進むほど景色がおかしくなっていく。
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木々は枯れ果て。
草花は消え。
鳥も虫もいない。
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生命の気配そのものが失われていた。
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「気味が悪いですね……」
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セシリアが小声で呟く。
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ビルセイヤも同意だった。
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ここは森なのに森ではない。
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自然が死んでいる。
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何かがこの場所を蝕んでいるのだ。
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さらに進むこと数十分。
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やがて三人は広い空間へ辿り着いた。
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森の中心部。
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そこだけ木々が存在しない。
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不自然な空白地帯だった。
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「これは……」
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ビルセイヤが目を細める。
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中央には石造りの建造物があった。
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崩れかけた柱。
風化した壁。
半ば地中へ埋もれた石段。
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明らかに人工物だった。
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「遺跡ですか?」
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セシリアが驚いた声を漏らす。
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「こんな場所に?」
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エミリアも目を見開いていた。
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王都周辺の地図に遺跡など記されていない。
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少なくとも一般には知られていない場所だった。
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ビルセイヤはゆっくりと近付く。
◇◇◇
古い。
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非常に古い。
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数百年どころではない。
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もしかすると千年以上前の遺跡かもしれない。
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その時だった。
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ピシッ――。
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乾いた音が響く。
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三人は同時に振り向いた。
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遺跡中央。
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祭壇のような場所に置かれた黒い水晶。
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そこへ一本のひびが入っていた。
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「まずい!」
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エミリアが叫ぶ。
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直感だった。
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だが遅い。
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パリンッ!!
◇◇◇
黒い水晶が砕け散った。
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次の瞬間。
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濃密な黒い霧が噴き出す。
◇◇◇
「下がってください!」
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三人は一斉に後退した。
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黒い霧は空中で渦を巻く。
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そして。
◇◇◇
徐々に形を作り始めた。
◇◇◇
人型。
◇◇◇
いや。
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人に似た何か。
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禍々しい魔力の塊だった。
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「まさか……」
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エミリアの顔色が青ざめる。
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その存在を本能が拒絶していた。
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やがて霧の中心から二つの赤い光が浮かび上がる。
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瞳だ。
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それはゆっくりと三人を見つめた。
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そして。
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『また目覚める時が来たか』
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低く不気味な声が響く。
◇◇◇
その瞬間。
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森全体が震えた。
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大気が重くなる。
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息苦しいほどの圧力。
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ビルセイヤは即座に剣を構えた。
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本能が警告している。
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危険だ。
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フォレスト・キングなど比較にならない。
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圧倒的な異質さ。
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目の前の存在は魔物ですらない気がした。
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『人の子か』
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赤い瞳が細められる。
◇◇◇
『面白い』
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人影は不気味な笑みを浮かべた。
◇◇◇
その笑みを見た瞬間。
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三人の背筋を冷たいものが走る。
◇◇◇
王都西の森で起きた失踪事件。
◇◇◇
その真相は。
◇◇◇
想像していたより遥かに深く。
◇◇◇
そして遥かに危険な闇へと繋がっていた。
第一章 第四十九話
「森の奥に眠るもの」
――続く。




