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第四十六話 森の主

 ズシン――。


◇◇◇


 ズシン――。


◇◇◇


 重々しい振動が大地を揺らす。


◇◇◇


 静まり返った森の中で、その足音だけが異様な存在感を放っていた。


◇◇◇


 ビルセイヤは静かに腰のロングソードへ手を掛ける。


◇◇◇


 セシリアも剣を抜き放つ。


◇◇◇


 エミリアは杖を構え、周囲の魔力の流れを探っていた。


◇◇◇


 先ほど保護した男性は木陰へ避難させてある。


◇◇◇


 今は目の前の脅威へ集中するしかない。


◇◇◇


「来るな……」


◇◇◇


 男が震える声を漏らした。


◇◇◇


「森の主だ……」


◇◇◇


「森の主?」


◇◇◇


 セシリアが聞き返す。


◇◇◇


 しかし男は恐怖に支配され、それ以上言葉を続けることができなかった。


◇◇◇


 その時だった。


◇◇◇


 バキィィィッ!!


◇◇◇


 巨大な木がへし折れる音が森中へ響く。


◇◇◇


 続いて。


◇◇◇


 黒い影が木々の向こうから姿を現した。


◇◇◇


「なっ……」


◇◇◇


 セシリアが息を呑む。


◇◇◇


 大きい。


◇◇◇


 オークロードよりもさらに巨大だった。


◇◇◇


 身長は五メートル近い。


◇◇◇


 全身を茶色い剛毛で覆われた巨体。


 丸太のような腕。


 鋭い牙。


 血のように赤い瞳。


◇◇◇


 巨大な猿を思わせる異形の魔物だった。


◇◇◇


「グォォォォォォォォッ!!」


◇◇◇


 凄まじい咆哮が森を震わせる。


◇◇◇


 周囲の木々が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立った。


◇◇◇


「そんな……」


◇◇◇


 エミリアの表情が険しくなる。


◇◇◇


「知っているのか?」


◇◇◇


 ビルセイヤが尋ねる。


◇◇◇


「フォレスト・キングです!」


◇◇◇


 エミリアは緊張した声で答えた。


◇◇◇


「森の生態系の頂点に立つ魔物……!」


◇◇◇


「Aランク指定魔物です!」


◇◇◇


 Aランク。


◇◇◇


 その言葉の重みをセシリアも理解していた。


◇◇◇


 本来ならベテラン冒険者たちで編成された討伐隊が対応する相手。


◇◇◇


 決して簡単に勝てる敵ではない。


◇◇◇


 だが。


◇◇◇


 ビルセイヤは冷静だった。


◇◇◇


 敵を観察する。


◇◇◇


 体格。


 筋肉の付き方。


 重心。


 呼吸。


◇◇◇


 剣道の師から教わったことが脳裏をよぎる。


◇◇◇


 剣術とは人を斬る術。


◇◇◇


 どれほど綺麗事を並べようと、それが本質。


◇◇◇


 だからこそ相手を見極める。


◇◇◇


 合理的に制し、自らも成長する。


◇◇◇


 それが剣の理。


◇◇◇


「セシリア」


◇◇◇


「はい!」


◇◇◇


「正面を頼む」


◇◇◇


「任せてください!」


◇◇◇


 セシリアが前へ飛び出す。


◇◇◇


 同時にフォレスト・キングが巨大な腕を振り下ろした。


◇◇◇


 轟音。


◇◇◇


 地面が砕ける。


◇◇◇


 だが。


◇◇◇


 セシリアは紙一重で回避した。


◇◇◇


「速いっ!」


◇◇◇


 巨体からは想像もできない速度だった。


◇◇◇


 しかしセシリアも以前とは違う。


◇◇◇


 ゴブリンジェネラル。


 オークロード。


◇◇◇


 数々の死線を潜り抜けてきた。


◇◇◇


「はあっ!」


◇◇◇


 鋭い斬撃が放たれる。


◇◇◇


 ガキンッ!


◇◇◇


 嫌な音が響いた。


◇◇◇


 硬い。


◇◇◇


 毛皮の下の筋肉が異常なほど強靭だった。


◇◇◇


「浅いです!」


◇◇◇


 セシリアが叫ぶ。


◇◇◇


「普通の攻撃じゃ通りません!」


◇◇◇


 その報告を聞きながら。


◇◇◇


 ビルセイヤは冷静に敵を分析していた。


◇◇◇


 力比べは愚策。


◇◇◇


 ならば狙うべきは急所。


◇◇◇


 合理的に勝つ。


◇◇◇


 それが剣術だ。


◇◇◇


「エミリア!」


◇◇◇


「はい!」


◇◇◇


「目を狙え!」


◇◇◇


 エミリアは即座に理解した。


◇◇◇


 硬い肉体なら柔らかい部分を攻める。


◇◇◇


 当然の戦術だ。


◇◇◇


「風よ!」


◇◇◇


「ウィンドアロー!」


◇◇◇


 風の矢が放たれる。


◇◇◇


 一直線に魔物の顔面へ飛翔した。


◇◇◇


「グォッ!?」


◇◇◇


 フォレスト・キングが慌てて腕で顔を庇う。


◇◇◇


 その一瞬。


◇◇◇


 ビルセイヤが動いた。


◇◇◇


「今だ!」


◇◇◇


 地面を蹴る。


◇◇◇


 一気に加速。


◇◇◇


 魔物の懐へ飛び込む。


◇◇◇


 狙うのは首でも胸でもない。


◇◇◇


 膝関節。


◇◇◇


 巨体を支える要だ。


◇◇◇


「――はっ!」


◇◇◇


 鋭い一閃。


◇◇◇


 ゴォッ!!


◇◇◇


 強烈な衝撃が関節へ叩き込まれる。


◇◇◇


「グォォォォッ!?」


◇◇◇


 フォレスト・キングが大きく体勢を崩した。


◇◇◇


 巨体が揺れる。


◇◇◇


 その隙を見逃す者はいない。


◇◇◇


「セシリア!」


◇◇◇


「はいっ!」


◇◇◇


 セシリアが跳んだ。


◇◇◇


 全身全霊の一撃。


◇◇◇


「はあああああっ!!」


◇◇◇


 剣が振り下ろされる。


◇◇◇


 ザシュッ!!


◇◇◇


 深い傷が肩口へ刻まれた。


◇◇◇


 鮮血が飛び散る。


◇◇◇


「グォォォォォッ!!」


◇◇◇


 絶叫。


◇◇◇


 だが。


◇◇◇


 まだ倒れない。


◇◇◇


 Aランク魔物の生命力は常識外れだった。


◇◇◇


 そして次の瞬間――。


◇◇◇


 フォレスト・キングの全身から赤黒い魔力が噴き出した。


◇◇◇


 空気が震える。


◇◇◇


 森そのものが怯えるように揺れた。


◇◇◇


「まずい!」


◇◇◇


 エミリアの顔色が変わる。


◇◇◇


「狂暴化です!」


◇◇◇


 魔物が瀕死になった時に発動する危険な状態。


◇◇◇


 身体能力が飛躍的に上昇する代わりに理性を失う。


◇◇◇


 最も危険な段階だった。


◇◇◇


 フォレスト・キングの赤い瞳がさらに濃く染まる。


◇◇◇


 そして。


◇◇◇


 巨大な咆哮が森全体へ響き渡った。


◇◇◇


 真の戦いは、ここから始まる――。


第一章 第四十七話


「森の主」


――続く。

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