第四十五話 王都西の森
翌朝――。
まだ朝日が昇り切らない時間帯。
王都西門の前には、三人の冒険者の姿があった。
ビルセイヤ。
セシリア。
エミリア。
王都冒険者ギルドから依頼を受けた三人は、失踪事件の調査へ向かう準備を整えていた。
腰には愛用の武器。
背負い袋には保存食と水。
回復薬も十分に用意してある。
長期探索にも対応できる装備だった。
「眠いです……」
セシリアが小さく欠伸をする。
「昨日は元気だったじゃないか」
ビルセイヤが苦笑した。
「昨日はお茶会でしたから」
「今日は依頼です」
「それとこれとは別です」
妙に説得力のある返答だった。
エミリアも口元を押さえて笑う。
「森に入れば嫌でも目が覚めますよ」
「それは嫌な目覚ましですね……」
そんな軽口を交わしていると、一人の大柄な男が近付いてきた。
「待たせたな」
王都冒険者ギルドのギルドマスター、ガルドである。
その後ろには騎士団員の姿もあった。
今回の依頼が、王都にとっても見過ごせない重要案件であることが分かる。
「出発前に、改めて説明しておく」
ガルドの表情は真剣だった。
「現在確認されている失踪者は八名。冒険者が六名、薬草採取に入った村人が二名だ」
決して少ない人数ではない。
しかも全員が、森の奥で消息を絶っている。
「森の入口付近は安全だ。問題はこの先だな」
騎士団員が地図を広げた。
最後の目撃地点。
そこは森のかなり奥深くに位置していた。
通常の採取依頼では、まず近付かない区域である。
「何か心当たりはありますか?」
エミリアが尋ねる。
「ない」
ガルドは首を横に振った。
「だからこそ調査が必要なんだ」
未知の敵。
それが今回の依頼の、何より厄介なところだった。
「分かりました」
ビルセイヤは静かに頷く。
「行ってきます」
「無理だけはするなよ」
ガルドはそう言った。
だがその目には、警告だけではなく期待も見えていた。
オークロードを討伐した三人。
彼らなら何とかしてくれるかもしれない。
そんな思いが、確かにあった。
やがて三人は、王都西の森へ足を踏み入れる。
◇◇◇
最初のうちは普通の森だった。
鳥のさえずり。
木漏れ日。
風に揺れる木々。
どこにでもある、自然豊かな森林である。
「本当に異変なんてあるんでしょうか?」
セシリアが周囲を見回した。
「油断は禁物だ」
ビルセイヤは辺りを警戒しながら進む。
失踪者が出ている以上、何かがいる。
問題は、それが何なのかだ。
さらに奥へ進む。
すると――。
「止まってください」
エミリアが突然足を止めた。
「どうした?」
「魔力の流れがおかしいです」
エルフ特有の感覚。
自然と共に生きる種族だからこそ感じ取れる違和感だった。
「この先から、魔力が乱れています」
ビルセイヤの表情が引き締まる。
「原因は分かるか?」
「いえ……でも、自然なものではありません」
嫌な予感がした。
三人は、さらに慎重に歩を進める。
そして――ある地点を越えた瞬間だった。
空気が変わる。
静か過ぎる。
鳥の声が聞こえない。
虫の羽音すらない。
まるで森全体が、何かを恐れて息を潜めているようだった。
「気味が悪いですね……」
セシリアが剣の柄へ手を添える。
その時だった。
ガサッ――。
近くの茂みが揺れた。
三人が同時に武器を構える。
だが、現れたのは魔物ではなかった。
「人……?」
痩せ細った男だった。
服はぼろぼろ。
顔色も悪い。
足元もふらついている。
何日もまともに食事をしていないのだろう。
しかし間違いなく人間だった。
「助けてくれ……」
男が震える声を絞り出す。
「逃げろ……」
「逃げろ?」
ビルセイヤが眉をひそめた。
男の目には、強烈な恐怖が浮かんでいる。
ただ事ではない。
「森の奥に……」
「化け物がいる……」
それだけ言うと、男は力尽きるように倒れた。
「大丈夫ですか!?」
セシリアが慌てて支える。
呼吸はある。
生きている。
「失踪者の一人かもしれません」
エミリアが治癒魔法をかけながら言った。
淡い光が男の身体を包む。
少しずつ顔色は戻っていくが、意識はまだ戻らない。
ビルセイヤは黙って森の奥を見る。
暗い木々の向こう側。
何かがいる。
本能がそう告げていた。
そして――。
ズシン。
ズシン。
地面が微かに震えた。
巨大な何かが歩く音。
人間ではない。
オークでもない。
もっと大きく、もっと重い何か。
三人は顔を見合わせる。
未知の敵。
その正体は、すぐそこまで迫っていた。
木々の奥、闇の向こうから。
ゆっくりと――。
こちらを見下ろす“何か”の気配が、確かに近付いてきていた。
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第一章 第四十五話
王都西の森
――続く。




