第四十三話 王女のお茶会
王太子ウィルとの語らいを終えた翌日――。
ビルセイヤたちは宿で穏やかな朝を迎えていた。
王城での謁見。
国王ライオットとの対話。
王太子ウィルとの交流。
普通の冒険者なら一生に一度あるかないかの経験である。
だが――。
「今日は鍛冶師ギルドへ行こう」
朝食を食べながら、ビルセイヤはいつも通りのことを言っていた。
「またですか……」
セシリアが呆れたように肩を落とす。
「昨日も行きましたよね?」
「昨日は見学だ」
ビルセイヤは真面目な顔で答えた。
「今日は勉強だ」
「同じです!」
セシリアの鋭いツッコミが飛ぶ。
エミリアは紅茶を飲みながら、小さく笑った。
すっかりいつもの調子である。
そんな平和な時間は、不意に終わりを迎えた。
◇◇◇
「ビ、ビルセイヤ様!」
宿の主人が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「どうしました?」
「王城から使者の方がお見えです!」
一瞬、三人の動きが止まった。
「王城から?」
ビルセイヤが首を傾げる。
宿の入口へ視線を向けると、そこには見覚えのある女性が立っていた。
落ち着いた雰囲気。
整った所作。
上品なメイド服。
第二王女アイリス付きの侍女――マリアである。
「お久しぶりです」
マリアは優雅に一礼した。
「どうも」
ビルセイヤも頭を下げる。
「本日はアイリス様からのご招待で参りました」
「招待ですか?」
「はい」
マリアが柔らかく微笑む。
「王城でのお茶会に参加していただきたいとのことです」
セシリアとエミリアが固まった。
王女主催のお茶会。
普通の冒険者には一生縁のない世界だ。
一方――
「お茶会ですか」
ビルセイヤは少し考える。
「お茶は好きです」
そこではない。
セシリアは心の中で全力で突っ込んだ。
マリアも一瞬だけ笑いそうになるが、完璧な侍女の仮面は崩さない。
「お受けいただけますか?」
「構いません」
即答だった。
こうしてビルセイヤたちは、再び王城を訪れることになった。
◇◇◇
昼過ぎ。
三人は王城の庭園へ案内されていた。
そこはまるで別世界だった。
色鮮やかな花々。
美しく整えられた芝生。
静かに水を噴き上げる噴水。
そして庭園の中心には、白い東屋が建っている。
まるで絵画から切り取ったような光景だった。
「綺麗ですね……」
エミリアが感嘆の声を漏らす。
その東屋の中で、一人の少女が立ち上がった。
「お待ちしておりました」
アイリスだった。
今日は淡い水色のドレスを纏っている。
陽光を受けて輝く金色の髪。
透き通るような白い肌。
まるで物語の中から抜け出してきた姫君そのものだった。
「こんにちは」
ビルセイヤが挨拶する。
「こんにちは、ビルセイヤ様」
アイリスは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔だけで、このお茶会をどれほど楽しみにしていたかが分かる。
◇◇◇
やがて全員が席につく。
テーブルの上には豪華なお菓子が並んでいた。
焼き菓子。
果物。
高級な紅茶。
辺境では見かけないものばかりである。
「美味しそうです!」
セシリアの目が輝いた。
アイリスがくすりと笑う。
「たくさんありますから、遠慮なくどうぞ」
「ありがとうございます!」
早速焼き菓子へ手を伸ばすセシリア。
その様子に、全員の表情が和らいだ。
自然と会話も弾み始める。
「王都はいかがですか?」
アイリスが尋ねる。
「楽しいです」
ビルセイヤが答えた。
「特に鍛冶師ギルドが素晴らしい」
やはりそこだった。
アイリスも思わず笑う。
「本当に鍛冶がお好きなのですね」
「はい」
迷いのない即答。
その姿が妙におかしかった。
王女を前にしても変わらない。
地位にも権力にも興味を示さない。
ただ、自分の好きなものを真っ直ぐに語る。
だからこそアイリスは心地良かった。
王女としてではなく、一人の人間として接してくれる。
それが何より嬉しい。
◇◇◇
「ビルセイヤ様は、どのような刀を打ちたいのですか?」
アイリスが興味深そうに尋ねた。
その質問に、ビルセイヤの目が少しだけ真剣になる。
「強い刀です」
「強い刀?」
「はい。ただ硬いだけじゃなく、折れず、曲がらず、よく斬れる刀です」
淡々とした口調だった。
だが、その言葉には確かな熱があった。
「使う人が安心して命を預けられるような刀を打ちたいんです」
アイリスは思わず息を呑む。
それはただの武器ではない。
誰かを守るための刀だ。
ビルセイヤが目指しているのは、そういうものなのだろう。
「素敵ですわ……」
思わず零れた本音だった。
「え?」
「あ、いえ……」
アイリスは少しだけ頬を染める。
「ビルセイヤ様らしい夢だと思いまして」
ビルセイヤは不思議そうにしながらも、小さく笑った。
「ありがとうございます」
その笑顔に、アイリスの胸がまた一つ高鳴る。
◇◇◇
その後も穏やかな時間は続いた。
王都の話。
辺境の話。
冒険者としての依頼の話。
王城の庭園に咲く花の話。
アイリスは楽しそうに話し、ビルセイヤも自然体で答える。
セシリアとエミリアも会話に加わり、場は終始和やかだった。
けれど。
マリアは気付いていた。
アイリスの視線が、何度もビルセイヤへ向いていることに。
紅茶を飲む時も。
笑う時も。
ふと黙った時でさえも。
視線の先には、いつも彼がいた。
◇◇◇
気付けば時間はあっという間に過ぎていた。
そして帰る時間。
アイリスは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
「ビルセイヤ様」
「はい」
「またお会いできますか?」
不安そうな声だった。
ほんの少し勇気を振り絞ったような、そんな響きがある。
ビルセイヤは自然に笑った。
「もちろんです」
「しばらく王都にいますから」
その瞬間。
アイリスの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます」
心から嬉しそうな笑顔だった。
その笑顔は、先ほどまでの王女としての微笑みではない。
一人の少女として浮かべた、素直な喜びの表情だった。
◇◇◇
一方。
その様子を見ていたマリアは静かに思う。
(これはもう時間の問題ですね)
幼い頃から仕えてきた。
だから分かる。
アイリスは完全に恋をしている。
そして――
セシリアとエミリアも、薄々気付き始めていた。
ただ一人。
ビルセイヤだけが、まったく気付いていない。
未来の妻となる少女が、目の前でこれほど分かりやすく好意を向けていることに。
鈍感な青年は、今日も平常運転だった。
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第一章 第四十三話
王女のお茶会
――続く。




