第四話 ゴブリン討伐
「ギギギギッ!」
五匹のゴブリンが、荷馬車を囲むようにして商人たちへにじり寄っていた。
荷馬車のそばには、倒れた護衛が二人。
どちらも血を流しているが、かろうじて息はあるようだ。だが、立ち上がれる状態ではない。
「た、助けてくれぇっ!」
商人の一人が、半泣きになりながら叫んだ。
その声を聞いた瞬間、ビルセイヤは地面を蹴っていた。
「行くぞ!」
「はい!」
セシリアも剣を抜き、すぐさま後を追う。
突然現れた二人に、ゴブリンたちが一斉に振り返った。
「ギャッ!?」
その隙を、ビルセイヤは逃さない。
握りしめた木の枝を正眼に構え、一気に間合いへ飛び込む。
剣道で叩き込まれた踏み込み。
腰から足へ、足から肩へ。
全身を連動させて振り抜く一撃。
「――面ッ!」
バキィッ!!
鈍い破砕音が響いた。
一匹目のゴブリンの頭部が大きく揺れ、そのまま地面を転がるように吹き飛ぶ。
「ギャアアッ!」
残る四匹が怒りの声を上げ、棍棒を振りかざした。
だが――遅い。
ビルセイヤは冷静に相手の動きを見ていた。
剣道では、相手の肩と重心を読む。
どこに力が入り、どこから打ち込んでくるか。
それが分かれば、先に動ける。
ゴブリンの攻撃は単純だ。
振り上げて、振り下ろす。
ただそれだけ。
「甘い」
半歩、横へずれる。
棍棒が空を切った。
そのまま返す動きで木の枝を振り抜く。
ドゴッ!
二匹目の胴に一撃がめり込み、骨の砕ける嫌な音が響いた。
ゴブリンは悲鳴を上げる暇もなく地面へ沈む。
「ギギィッ!」
今度は二匹同時に襲いかかってきた。
左右から迫る棍棒。
だが、その瞬間。
「はああっ!」
セシリアの剣が閃いた。
銀色の軌跡が一匹の腕を切り裂き、そのまま体勢を崩したところへ鋭い踏み込み。
迷いのない突きが、ゴブリンの胸を貫いた。
「ギャ……ッ」
ゴブリンが崩れ落ちる。
さらにセシリアは振り向きざま、もう一匹へ斬りかかった。
咄嗟に後ろへ跳んだゴブリンは致命傷を避けたものの、胸元を浅く裂かれて後退する。
「やるな」
ビルセイヤが思わず口にすると、セシリアは剣を構えたまま笑った。
「冒険者ですから」
頼もしい。
ビルセイヤは素直にそう思った。
◇◇◇
残る二匹は、仲間が次々と倒されたことで明らかに怯え始めていた。
「ギ、ギギ……」
じりじりと後退していく。
「逃がしません!」
セシリアが踏み込もうとした、その時だった。
ビルセイヤは、背筋を走るような違和感を覚えた。
「待て、セシリア!」
「え?」
次の瞬間――森の奥から、新たな影が飛び出した。
通常のゴブリンより一回り大きい体格。
盛り上がった筋肉。
手には錆びた剣。
そして、獣のように鋭い眼光。
「ゴブリンソルジャー!?」
セシリアの顔色が変わる。
「強いのか?」
「普通のゴブリン三匹分はあります!」
なるほど。
見た目通り、雑魚ではないらしい。
ゴブリンソルジャーは咆哮を上げながら、ビルセイヤへ突進してきた。
「グルァァァァッ!」
速い。
普通のゴブリンとは比べものにならない脚力だった。
振り下ろされた剣が、空気を裂く。
だが、ビルセイヤの目には見えていた。
肩の動き。
腰の捻り。
踏み込みの軸。
剣道で何度も見てきた“打ち込みの予兆”と、本質は変わらない。
右肩が落ちる。
斬撃は斜めに来る。
「そこか」
半歩ずれて回避する。
ゴブリンソルジャーの剣が、ビルセイヤの鼻先を掠めて空を切った。
そして、その懐へ潜り込む。
「――そこだ!」
全力の踏み込み。
振り上げた木の枝を、下から跳ね上げるように打ち込む。
ゴキッ。
嫌な音が響いた。
木の枝がゴブリンソルジャーの顎を捉え、巨体が大きく仰け反る。
「グァッ!?」
だが、倒れない。
普通のゴブリンより遥かに頑丈だ。
「なら、もう一発だ!」
ビルセイヤは止まらない。
返す動きで側頭部へ一撃。
さらに踏み込み、腹部へ叩き込む。
最後に喉元へ鋭い突きを放つ。
三連撃。
木の枝が悲鳴を上げるほどの連続打撃を受け、ゴブリンソルジャーの身体がぐらりと揺れた。
「グ……ァ……」
膝が折れる。
そのまま巨体は地面へ崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなった。
残っていた二匹のゴブリンは、統率役を失った途端に悲鳴を上げて逃げ出した。
「ギャアアアッ!」
「待て――」
セシリアが追おうとしたが、ビルセイヤは手を上げて制した。
「深追いは危険だ。森の中にまだ何かいるかもしれない」
「……そうですね」
セシリアもすぐに頷く。
今は商人たちの安全確保が先だ。
◇◇◇
戦いが終わると、辺りに静寂が戻った。
商人たちも、倒れていた護衛たちも、しばらく呆然としていたが――やがて一人が口を開いた。
「お、終わった……のか?」
ビルセイヤは周囲を見回し、頷く。
「ああ。もう大丈夫だ」
その瞬間だった。
「おおおおおおっ!!」
商人たちが一斉に歓声を上げた。
「助かった……!」
「命の恩人だ!」
「本当にありがとう!」
口々に礼を言われ、ビルセイヤは少しだけたじろぐ。
困っている人を助けたかっただけだ。
そこまで大げさに感謝されると、逆に落ち着かない。
「当然のことをしただけだ」
そう答えると、商人たちはますます感激した顔になった。
どうやら少し格好をつけすぎたらしい。
横でセシリアがくすっと笑っていた。
◇◇◇
商人たちは荷馬車の陰から袋を取り出し、ビルセイヤへ差し出した。
「どうか受け取ってくれ。礼だ」
中を覗くと、銀貨が二枚入っていた。
「いいのか?」
「命に比べれば安いものだ。あんたたちが来てくれなければ、俺たちは全員やられていた」
そこまで言われて断る理由はない。
「分かった。ありがたく受け取る」
銀貨二枚。
昨日から積み重なっていた借金を思えば、まさに救いのような報酬だった。
「やりましたね」
セシリアが嬉しそうに笑う。
「ああ。これで少しは返せそうだ」
「少しどころか、かなり返せますよ」
「そうだな」
ビルセイヤも頷いた。
異世界に来てまだ二日目。
それでも今、確かな手応えを感じていた。
――この世界でも、自分は生きていける。
そう思えたのだ。
◇◇◇
夕方、二人はシーサスへ帰還した。
まずは薬草十本を納品する。
依頼達成報酬として、銅板五枚。
さらに商人救出の件を聞いたギルド職員から、追加報酬として銀貨一枚が支払われた。
受付嬢は、驚きを隠せない様子でビルセイヤを見つめている。
「登録二日目でゴブリンソルジャー討伐……ですか」
「そんなに珍しいのか?」
「珍しいなんてものじゃありません。普通のFランク冒険者では、まず無理です」
そう言われても、ビルセイヤにはいまいち実感が湧かない。
だが、隣にいるセシリアはなぜか自分のことのように誇らしげだった。
「だから言ったじゃないですか」
「ん?」
「ビルセイヤさんは強いって」
そう言って、彼女はにっこり笑う。
その笑顔につられて、ビルセイヤも思わず笑ってしまった。
こうして、異世界での初依頼は無事成功した。
薬草採取から始まった冒険者としての第一歩。
だが、その一歩は思いがけず、普通の新人冒険者では踏み込まない場所まで届いてしまったらしい。
そして二人は、まだ知らない。
この日討伐したゴブリンソルジャーが、後にシーサス周辺で起こる大きな異変の、ほんの前触れに過ぎなかったことを。
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第一章 第四話
ゴブリン討伐
――続く。
初日分の投稿4話でした




