第三十三話 王都への道
王都アルティアへの出発当日――。
まだ朝日が昇り切らない早朝。
シーサスの街は、薄い朝霧に包まれていた。
◇◇◇
「忘れ物はないか?」
宿の前で、ビルセイヤが荷物を確認する。
ロングソード。
冒険者ギルドカード。
着替え。
保存食。
持ち物は最低限だ。
旅慣れているわけではないが、余計な荷物を増やすつもりもない。
必要なものだけを持つ――それが彼のやり方だった。
「大丈夫です!」
セシリアが元気よく答える。
その表情は明るい。
初めて訪れる王都への期待を、まるで隠し切れていなかった。
王都アルティア。
王国最大の都市。
多くの冒険者が憧れる場所。
辺境育ちのセシリアにとっては、まさに夢のような土地だった。
「私は問題ありません」
エミリアも静かに頷く。
背中には弓。
腰には短剣。
いつも通り落ち着いているように見える。
だが、長い耳がわずかに揺れていた。
彼女もまた、王都行きを楽しみにしているのだろう。
◇◇◇
「気を付けて行ってこいよ」
宿の主人が見送りに出てきた。
ビルセイヤたちは何度も世話になっている。
もはや顔馴染みだった。
「世話になった」
ビルセイヤが軽く頭を下げる。
シーサスへ来てから、本当に様々なことがあった。
冒険者登録。
ゴブリンジェネラル討伐。
たたら製鉄。
オークロード討伐。
短い期間とは思えないほど濃い時間だった。
この街で出会い、戦い、学び、鍛え、そして前へ進んできた。
シーサスは、いつの間にかただの滞在先ではなくなっていた。
その時――。
「おーい!」
聞き慣れた大声が響く。
振り返ると、バルドが大股で歩いてきていた。
「見送りだ」
「朝早くからか?」
「お前たちが王都へ行くって聞いたからな」
そう言って笑う。
ギルドマスターらしくない、どこか親しみのある笑みだった。
「向こうで暴れ過ぎるなよ」
「善処する」
「絶対に暴れるだろ」
即座に返された。
セシリアとエミリアが吹き出す。
確かに。
ゴブリンジェネラルを倒し、オークロードまで討伐した男である。
今さら「目立たず静かに過ごす」と言われても説得力はなかった。
「ま、王都でも無茶はするなよ」
バルドは真面目な声で続ける。
「シーサスと違って、向こうは人も多いし、しがらみも多い。貴族もいれば、大きなギルドもある。面倒事に巻き込まれる可能性も高い」
「分かっている」
ビルセイヤが頷くと、バルドは少しだけ安心したように笑った。
「ならいい。――困ったらいつでも戻ってこい。ここはもう、お前たちの拠点みたいなもんだからな」
その言葉に、セシリアが嬉しそうに目を細める。
エミリアも静かに微笑んだ。
◇◇◇
街門へ到着すると、一台の馬車が待機していた。
王都から派遣された迎えの馬車だ。
木製ながら装飾は美しく、普通の商人馬車より遥かに高級感がある。
王都の余裕と格式を感じさせる作りだった。
「こちらへどうぞ」
ロイドが扉を開いた。
三人は馬車へ乗り込む。
やがて車輪が動き始めた。
ガラガラ――。
ゆっくりとシーサスを離れていく。
窓から見える街並み。
見慣れた景色。
馴染みのある店や通り。
それらが少しずつ遠ざかり、小さくなっていく。
「なんだか不思議ですね」
セシリアが窓の外を眺めながら呟いた。
「何がだ?」
「少し前まで普通の冒険者だったのに」
「今は王都から招待されてるんです」
確かにそうだった。
ビルセイヤが冒険者登録したのは、つい最近だ。
それなのに今は、王都から正式な招待を受けている。
人生とは本当に分からないものだ。
「俺は鍛冶がしたかっただけなんだが」
ぼそりと呟く。
「またそれですか」
セシリアが苦笑する。
「ビルセイヤさんらしいですね」
エミリアも微笑んだ。
ビルセイヤにとって、名誉や注目よりも、刀を打つことの方がよほど大切なのだ。
その価値観は、もはや二人にもすっかり知れ渡っていた。
◇◇◇
馬車は街道を進む。
シーサスと王都を結ぶ街道は綺麗に整備されていた。
車輪が大きく揺れることもなく、馬も軽快に足を運んでいる。
途中には農村が見えた。
広大な麦畑。
果樹園。
放牧された家畜。
辺境とはまた違う、王都近郊ならではの豊かさがある。
「平和ですね」
エミリアが呟く。
「王都に近いですから」
ロイドが説明した。
「騎士団の巡回も多く、魔物被害も少ない地域です。街道の整備も王都が優先して行っておりますので、商人の往来も活発ですね」
「なるほど」
ビルセイヤは外を見ながら頷いた。
だからこそ、これだけ発展しているのだろう。
安全な道は人を呼び、物を運び、街を豊かにする。
それは前世でも、この世界でも変わらない理屈だった。
「でも、こうしてのんびり馬車に乗るのって新鮮ですね」
セシリアが楽しそうに笑う。
「いつもは歩きか、戦いながら移動ですし」
「確かに」
ビルセイヤも苦笑する。
冒険者になってからというもの、平穏な旅よりも、何かしらの騒動に巻き込まれる方が多かった気がする。
……もっとも。
今回も、このまま何事もなく終わるとは限らないのだが。
◇◇◇
昼前。
馬車は街道沿いの休憩所へ到着した。
「少し休憩しましょう」
ロイドの提案で全員が馬車を降りる。
木陰で水を飲む。
軽く身体をほぐす。
旅の疲れを癒す穏やかな時間。
風は心地よく、空は青い。
道中はここまで何事もなく進んでいた。
だが――。
「おや?」
エミリアの耳がぴくりと動いた。
「どうした?」
「森の方から音が……」
ビルセイヤも気配を探る。
確かに何かいる。
人間。
複数。
そして――
明確な殺気。
「全員下がれ」
ビルセイヤが静かに剣へ手を掛ける。
セシリアも即座に剣を抜いた。
エミリアは一歩後ろへ下がり、いつでも弓を取れるよう構える。
ロイドの表情が強張った。
「まさか……」
次の瞬間。
ガサガサッ!
森の茂みをかき分けるようにして、男たちが飛び出してきた。
粗末な革鎧。
欠けた剣。
斧。
汚れた服。
一目で分かる。
盗賊だ。
「へへへっ!」
先頭の男が下卑た笑みを浮かべる。
「今日はツイてるぜ!」
「貴族様の馬車じゃねぇか!」
十人近い盗賊たちが武器を構えた。
ロイドの顔色が青くなる。
普通なら絶望的な状況だ。
街道の途中で、護衛も少ない馬車が盗賊に囲まれる。
それは旅人にとって悪夢でしかない。
しかし――
ビルセイヤたちは落ち着いていた。
ゴブリンジェネラル。
オークロード。
それらと死闘を繰り広げた直後なのだ。
正直なところ。
脅威には見えなかった。
「どうします?」
セシリアが尋ねる。
「捕まえる」
ビルセイヤは即答した。
盗賊たちの表情が引きつる。
理由は単純だった。
自分たちは獲物を襲ったはずだった。
怯え、命乞いし、金品を差し出す相手を想像していた。
なのに。
目の前の三人は怯えていない。
それどころか――
狩る側の目をしていた。
盗賊たちはまだ知らない。
自分たちが襲った相手が――
ゴブリンジェネラルとオークロードを討伐した英雄候補であることを。
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第一章 第三十三話
王都への道
――続く。




