第三十三話 王都への道
王都アルティアへの出発当日――。
まだ朝日が昇り切らない早朝。
シーサスの街は薄い朝霧に包まれていた。
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「忘れ物はないか?」
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宿の前でビルセイヤが荷物を確認する。
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ロングソード。
冒険者ギルドカード。
着替え。
保存食。
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持ち物は最低限だ。
旅慣れているわけではないが、余計な荷物を持つつもりもない。
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「大丈夫です!」
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セシリアが元気よく答えた。
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表情は明るい。
初めて訪れる王都への期待を隠し切れていなかった。
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王都アルティア。
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王国最大の都市。
多くの冒険者が憧れる場所。
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辺境育ちのセシリアにとっては夢のような場所だった。
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「私は問題ありません」
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エミリアも静かに頷く。
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背中には弓。
腰には短剣。
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いつも通り落ち着いているように見える。
だが長い耳が僅かに揺れていた。
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彼女も楽しみにしているのだろう。
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「気を付けて行ってこいよ」
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宿の主人が見送りに出てきた。
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ビルセイヤたちは何度も世話になっている。
もはや顔馴染みだった。
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「世話になった」
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ビルセイヤが軽く頭を下げる。
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シーサスへ来てから様々なことがあった。
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冒険者登録。
ゴブリンジェネラル討伐。
たたら製鉄。
オークロード討伐。
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短い期間とは思えないほど濃い時間だった。
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その時――。
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「おーい!」
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聞き慣れた大声が響く。
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振り返ると、バルドが大股で歩いてきていた。
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「見送りだ」
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「朝早くからか?」
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「お前たちが王都へ行くって聞いたからな」
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そう言って笑う。
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ギルドマスターらしくない、どこか親しみのある笑みだった。
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「向こうで暴れ過ぎるなよ」
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「善処する」
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「絶対に暴れるだろ」
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即座に返された。
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セシリアとエミリアが吹き出す。
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確かに。
ゴブリンジェネラルを倒し。
オークロードまで討伐した男である。
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説得力はなかった。
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街門へ到着すると、一台の馬車が待機していた。
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王都から派遣された迎えの馬車だ。
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木製ながら装飾は美しく、普通の商人馬車より遥かに高級感がある。
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「こちらへどうぞ」
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ロイドが扉を開いた。
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三人は馬車へ乗り込む。
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やがて車輪が動き始めた。
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ガラガラ――。
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ゆっくりとシーサスを離れていく。
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窓から見える街並み。
見慣れた景色。
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少しずつ小さくなっていく。
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「なんだか不思議ですね」
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セシリアが窓の外を眺めながら呟いた。
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「何がだ?」
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「少し前まで普通の冒険者だったのに」
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「今は王都から招待されているんです」
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確かにそうだった。
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ビルセイヤが冒険者登録したのはつい最近。
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それなのに今は王都から正式な招待を受けている。
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人生とは本当に分からないものだ。
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「俺は鍛冶がしたかっただけなんだが」
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ぼそりと呟く。
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「またそれですか」
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セシリアが苦笑する。
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「ビルセイヤさんらしいですね」
エミリアも微笑んだ。
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馬車は街道を進む。
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シーサスと王都を結ぶ街道は綺麗に整備されていた。
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途中には農村が見える。
広大な麦畑。
果樹園。
放牧された家畜。
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辺境とは違う豊かさがあった。
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「平和ですね」
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エミリアが呟く。
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「王都に近いですから」
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ロイドが説明する。
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「騎士団の巡回も多く、魔物被害も少ない地域です」
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なるほど。
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だからこそ発展しているのだろう。
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昼前。
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馬車は街道沿いの休憩所へ到着した。
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「少し休憩しましょう」
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ロイドの提案で全員が馬車を降りる。
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木陰で水を飲む。
旅の疲れを癒す穏やかな時間。
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だが――。
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「おや?」
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エミリアの耳がぴくりと動いた。
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「どうした?」
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「森の方から音が……」
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ビルセイヤも気配を探る。
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確かに何かいる。
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人間。
複数。
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そして。
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明確な殺気。
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「全員下がれ」
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ビルセイヤが静かに剣へ手を掛ける。
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セシリアも即座に剣を抜いた。
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ロイドの表情が強張る。
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「まさか……」
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次の瞬間。
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ガサガサッ!
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森から男たちが飛び出してきた。
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粗末な革鎧。
欠けた剣。
斧。
汚れた服。
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一目で分かる。
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盗賊だ。
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「へへへっ!」
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先頭の男が下卑た笑みを浮かべる。
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「今日はツイてるぜ!」
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「貴族様の馬車じゃねぇか!」
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十人近い盗賊たちが武器を構えた。
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ロイドの顔色が青くなる。
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普通なら絶望的な状況だ。
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しかし――。
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ビルセイヤたちは落ち着いていた。
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ゴブリンジェネラル。
オークロード。
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それらと死闘を繰り広げた直後なのだ。
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正直なところ。
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脅威には見えなかった。
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「どうします?」
セシリアが尋ねる。
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「捕まえる」
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ビルセイヤは即答した。
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盗賊たちの表情が引きつる。
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その理由は単純だった。
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自分たちは獲物を襲ったはずだった。
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なのに。
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目の前の三人は怯えていない。
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それどころか――。
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狩る側の目をしていた。
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盗賊たちはまだ知らない。
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自分たちが襲った相手が。
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ゴブリンジェネラルとオークロードを討伐した英雄候補であることを。
第一章 第三十四話
「王都への道」
――続く。




