第二十八話 オークロード
辺境の村の中央広場。
月明かりが照らす中、一際巨大な影がゆっくりと前へ歩み出た。
オークロード。
オークの群れを率いる王。
災害級に分類される上位種である。
三メートル近い巨体。
岩のように盛り上がった筋肉。
全身を覆う無数の傷跡。
そして、その手には人間の背丈ほどもある巨大な戦斧が握られていた。
ただ立っているだけで、圧迫感がある。
まるで歴戦の戦士が、そこにいるようだった。
「グオオオオオオオオオッ!」
オークロードが咆哮する。
空気が震えた。
夜空へ響き渡る声に、周囲のオークたちが一斉に歓声を上げる。
「グオオオオ!」
「ゴアアアア!」
その光景は、まるで軍隊だった。
統率された魔物の群れ。
ゴブリンジェネラルの時と同じだ。
ビルセイヤは静かにロングソードを構える。
隣にはセシリア。
後方にはエミリア。
いつもの陣形。
いつもの仲間。
だが、相手は今までで最強だった。
◇◇◇
「ビルセイヤさん」
セシリアが小さく呼ぶ。
「強いですね」
震えているわけではない。
事実を確認しているだけだ。
「ああ」
ビルセイヤも頷く。
ゴブリンジェネラル以上。
おそらく間違いない。
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
「村人たちを避難させろ!」
ギルドマスターのバルドが叫ぶ。
冒険者たちが動き出した。
村人たちを安全な場所へ誘導する。
老人や子供を抱えながら、必死に走る者もいた。
その間にも、オークたちは攻撃を続けている。
「邪魔だ!」
ビルセイヤが飛び出した。
ロングソードが閃く。
一体。
二体。
三体。
次々とオークを斬り伏せながら前進する。
しかし、オークロードは動かない。
ただ静かに見ている。
まるで、ビルセイヤの力を試しているかのように。
「来いと言いたいのか……」
ビルセイヤは苦笑した。
ならば、望み通りにしよう。
地面を蹴る。
一気に距離を詰める。
そして、渾身の一撃を放った。
◇◇◇
ギィィィィン!!
耳をつんざく金属音。
オークロードは、巨大な戦斧でその一撃を受け止めていた。
「っ!」
重い。
想像以上だった。
腕に衝撃が走る。
押し負けそうになる。
だが、ビルセイヤは無理に競り合わない。
即座に後方へ跳ぶ。
次の瞬間――。
ドゴォォォォォン!!
戦斧が地面へ叩きつけられた。
土が爆ぜる。
石が吹き飛ぶ。
地面に大きな亀裂が走った。
「冗談だろ……」
近くにいた冒険者が青ざめる。
あんなものを受ければ、鎧ごと粉砕される。
◇◇◇
その時だった。
「風よ!」
エミリアが魔力を練り上げる。
「ウィンドランス!」
圧縮された風が、槍となって放たれた。
高速で飛翔する風の槍。
それが、オークロードの肩へ直撃する。
しかし――浅い。
血は流れた。
傷も付いた。
だが、致命傷には程遠い。
「そんな……」
エミリアの顔が曇る。
これまで多くの魔物を仕留めてきた魔法だった。
それが通用しない。
オークロードが、ゆっくりと視線を向ける。
その赤い瞳が、エミリアを捉えた。
危険。
ビルセイヤは直感する。
「エミリア!」
叫ぶ。
だが、オークロードはすでに動いていた。
速い。
巨体からは想像もできない速度だった。
戦斧が振り上げられる。
エミリアの表情が凍りついた。
間に合わない。
そう思った瞬間――。
◇◇◇
「させません!」
セシリアだった。
横から飛び込み、片手剣を構える。
そして、戦斧を受け止めた。
ガァァァァン!!
凄まじい衝撃。
セシリアの身体が吹き飛ぶ。
「セシリア!」
彼女は地面を何度も転がった。
土煙が舞う。
だが――立ち上がった。
腕は痺れている。
肩も痛む。
膝も震えている。
それでも、剣は離さない。
「大丈夫……です!」
強がりだった。
誰が見ても分かる。
それでも、仲間を守れた。
その事実だけで十分だった。
◇◇◇
ビルセイヤの胸に、熱いものが込み上げる。
仲間。
守るべき存在。
だから負けられない。
その瞬間だった。
脳裏に浮かぶ。
白い空間。
刀を腰に差した老人。
不思議な夢。
『刀を打て』
『お前の道はそこから始まる』
あの言葉が蘇る。
なぜ今なのか分からない。
だが、胸の奥で何かが繋がった。
剣術の理。
力ではない。
技だ。
相手を見る。
呼吸を見る。
重心を見る。
流れを見る。
そして――見つけた。
オークロードの僅かな癖。
攻撃の起点。
ほんの一瞬だけ生まれる隙。
勝機は、そこにあった。
◇◇◇
「セシリア!」
「はい!」
「エミリア!」
「はい!」
三人の視線が交わる。
言葉は不要だった。
何度も共に戦ってきた。
だから分かる。
ここからが、本当の勝負だ。
オークロードが戦斧を構える。
ビルセイヤも剣を構えた。
夜風が吹く。
月明かりの下、村を守るための決戦が始まろうとしていた。
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第一章 第二十八話
オークロード
――続く。




