第二百十三話 地霊樹攻防戦
――パキィィィン!!
二つ目の亀裂が走った瞬間。
世界が揺れた。
いや。
少なくとも、ビルセイヤたちにはそう感じられた。
『オォォォォォォォォ……』
地底から響く、低い声。
空気が震え。
岩が震え。
地霊樹の枝葉までもが激しく揺れる。
大地の遥か下に眠る何かが、目覚めようとしている。
「《崩山神》……」
セシリアが盾を握り締める。
その顔から、いつもの余裕は消えていた。
「これ、本当に起こして大丈夫なものじゃないわよね?」
「だから止める」
ビルセイヤは白枝を構えた。
視線の先。
地霊樹の根元には《蛇の牙》の構成員たち。
その中央には、銀色の仮面を被った男――グラド。
「行くぞ!」
「ええ!」
◇◇◇
「ガイアロード!」
『任セヨ!』
山の王が大地を踏み締める。
――ズンッ!!
黄金色の魔力が地面を駆けた。
直後。
蛇の牙とビルセイヤたちの間にあった巨大な岩が左右へ動き始める。
「道を作ってくれた!」
リシアが叫ぶ。
「一気に行く!」
ツバサが飛び出した。
「ツバサ、先行しすぎるな!」
「分かってる!」
セシリア。
ビルセイヤ。
ツバサ。
三人が前衛として走る。
その後方からエミリアとフィリア。
リシアはガイアロードと小さな土精霊の側へ残った。
「侵入者だ!」
「止めろ!」
蛇の牙の構成員たちが武器を抜く。
十数人。
さらに岩陰からも現れる。
「多いな!」
ツバサが笑う。
「でも――」
剣を構える。
「今はお前らに構ってる時間がない!」
一人目の剣を受け流す。
「はっ!」
柄で腹部を打つ。
「ぐっ!?」
続く二人目。
足払い。
体勢を崩したところへ肩を当てる。
「うわっ!」
地面を転がる。
ツバサは倒れた相手へ剣を振り下ろさなかった。
「……ツバサ」
ビルセイヤが一瞬だけ横を見る。
「何だよ?」
「いや」
少し笑う。
「変わったなと思って」
「誰の影響だと思ってる」
ツバサも笑った。
その間にも敵が迫る。
「前!」
「分かってる!」
◇◇◇
「セシリア!」
「任せて!」
蛇の牙の魔術師たちが杖を掲げる。
「撃て!」
火球。
氷槍。
風刃。
無数の魔法が一斉に放たれた。
セシリアはビルセイヤたちの前へ飛び出す。
大盾を地面へ突き立てた。
「――聖盾結界!」
黄金色の障壁。
ドドドドドドッ!!
魔法が次々と激突する。
「くぅっ……!」
足元が削れる。
「セシリア!」
「平気!」
歯を食いしばる。
「盾役を……舐めないで!」
障壁がさらに輝く。
全ての魔法を受け切った。
「今です!」
エミリアが弓を引く。
「風の精霊さん!」
『はーい!』
『お手伝いするー!』
風が矢へ集まる。
「――精霊風矢!」
放つ。
一本の矢。
だが途中で風が分かれた。
一本。
三本。
六本。
十二本。
「なっ!?」
蛇の牙の魔術師たちの杖だけを正確に射抜く。
ガン!
ガキン!
「杖が!」
「魔法が使えない!」
エミリアは次の矢をつがえる。
「誰も殺す必要はありません」
「武器だけを狙います!」
◇◇◇
「相変わらず甘いな」
グラドが静かに呟いた。
黒い杖を地面へ突き立てたまま、戦場を眺めている。
「命を奪わず勝つ?」
「戦場を何だと思っている」
その声を聞きながら。
ビルセイヤは走る。
「戦場だからだ」
「……何?」
「戦場だからこそ」
白枝を振る。
キィン!
敵の剣が宙を舞う。
そのまま懐へ。
掌底。
「がっ!」
相手が崩れ落ちる。
「簡単に命を奪っていい理由にはならない」
次。
槍。
身体を半歩ずらす。
穂先をかわす。
柄を掴む。
合気道の要領で力の方向を変え――。
「よっ」
「うわぁっ!?」
投げる。
だが地面へ叩きつけない。
受け身が取れる方向へ落とす。
「く……!」
構成員が起き上がろうとする。
「寝てろ」
峰打ち。
「ぐっ……」
気絶。
ビルセイヤは止まらない。
「飛天御剣流は殺人剣じゃない」
グラドとの距離が縮まる。
「守るための剣だ!」
「戯言を!」
グラドが杖を振る。
黒い魔力が地面へ流れ込む。
「《黒岩槍》!」
ドドドドドッ!!
黒い岩槍が次々と地面から突き出す。
「ビルセイヤ!」
セシリアが叫ぶ。
「大丈夫だ!」
一歩。
岩槍。
かわす。
二歩。
さらに二本。
身体を捻る。
三歩。
正面。
「――龍翔閃!」
白枝が下方から跳ね上がる。
ガキィィン!!
黒岩槍が砕け散った。
「何!?」
その破片の中を突破する。
「グラド!」
「っ!」
白枝を振り下ろす。
グラドが杖で受ける。
――ガァン!!
「ぐっ……!」
銀仮面の男が後退する。
「貴様……!」
ビルセイヤは追撃しない。
視線はグラドではなく。
「……やっぱりな」
その背後。
地霊樹。
根へ打ち込まれた黒い杭。
そして魔法陣。
「フィリア!」
「はい!」
フィリアが地脈探知杖を掲げる。
瞳を閉じる。
「魔力の流れを確認します!」
琥珀色の光。
地脈。
地霊樹。
黒い杭。
魔法陣。
それらの繋がりが可視化されていく。
「……見つけました!」
「どうなってる!」
「黒い杭が地霊樹の魔力を吸い取っています!」
フィリアの表情が険しくなる。
「吸い取った魔力を魔法陣へ流し――」
「その力で封印を破壊しています!」
「やっぱりか!」
つまり。
地霊樹自身の力を利用して。
地霊樹が守ってきた封印を壊している。
「悪趣味な仕掛けだな」
ツバサが吐き捨てる。
「なら杭を抜けば止まる?」
セシリアが尋ねる。
「いけません!」
フィリアが即座に制止する。
「無理に抜けば地霊樹の根まで傷つきます!」
「じゃあ、どうするのよ!」
「術式を解除する必要があります!」
だが。
「させると思うか?」
グラドが笑った。
黒い杖を掲げる。
「蛇の牙!」
「時間を稼げ!」
「封印破壊を最優先とする!」
「はっ!」
残っていた構成員たちが一斉に動く。
さらに。
魔法陣の周囲。
地面から黒い泥が湧き上がった。
泥は人型へ変わる。
一体。
二体。
十体。
二十体。
「まだ増えるの!?」
セシリアが叫ぶ。
「《地骸兵》だ」
グラドが笑う。
「大地がある限り、何度でも蘇る」
「厄介だな」
ツバサが剣を構える。
「でも」
ビルセイヤは周囲を見る。
敵。
地骸兵。
黒い杭。
魔法陣。
地霊樹。
そして仲間。
「役割を分けよう」
「セシリア!」
「はい!」
「地骸兵を止めてくれ」
「任せて!」
「ツバサ!」
「おう!」
「蛇の牙を頼む」
「了解!」
「エミリア!」
「はい!」
「二人の援護と、地霊樹の精霊を探してくれ」
「分かりました!」
「フィリア!」
「術式ですね?」
「ああ」
「必ず解除方法を見つけます!」
最後に。
ビルセイヤはグラドを見る。
「俺はあいつを止める」
「一人で大丈夫?」
セシリアが尋ねる。
「一人じゃない」
「え?」
ビルセイヤは笑った。
「みんながそれぞれ戦ってくれてる」
「だから俺は、あいつだけに集中できる」
セシリアも笑う。
「……そうね」
仲間とは。
いつも隣で戦うことだけではない。
互いを信じ。
役割を託し。
自分のすべきことを果たす。
それもまた――絆。
「行くぞ!」
「「「はい!」」」
「おう!」
全員が散開した。
◇◇◇
地霊樹の後方。
『地母様……』
小さな土精霊が震えていた。
リシアはその子を両手で包む。
「大丈夫」
『でも……』
「ビルセイヤさんたちは絶対に諦めないから」
リシアは微笑んだ。
「だから私たちも、できることをしよう?」
『できること……』
「うん」
リシアは地霊樹を見上げる。
巨大な神木。
苦しげに枝を揺らしている。
「地霊樹さんに、私たちの声を届けよう」
小さな手を根へ触れる。
「一人じゃないよって」
土精霊も小さな手を重ねた。
『地母様……』
その瞬間。
ほんの僅か。
地霊樹の葉が一枚だけ――黄金色の光を取り戻した。
◇◇◇
「――九頭龍閃!」
九つの斬撃。
「なっ!?」
グラドが黒い障壁を展開する。
一。
二。
三。
障壁へ亀裂。
四。
五。
六。
「ぐっ!」
七。
八。
そして。
九。
――パァン!!
障壁が砕けた。
グラドが吹き飛ばされる。
「ぐぁっ!」
地面を転がる。
黒い杖が手から離れた。
ビルセイヤは追う。
だが。
グラドは笑っていた。
「……遅い」
「何?」
「もう遅いと言ったのだ!」
グラドが右手を握り締める。
その掌。
黒い魔石。
「まさか!」
フィリアが振り返る。
「ビルセイヤさん、止めて!」
「《封印破砕》!」
魔石が砕けた。
――ドクンッ!!
地霊樹の根へ刺さった黒い杭が一斉に輝く。
「やめろ!」
ビルセイヤが駆ける。
だが。
――パキィィィィィン!!
三つ目の亀裂。
そして。
四つ目。
五つ目。
封印が連続して砕けていく。
『オォォォォォォォォォォ!!』
地底から咆哮。
山が揺れる。
「きゃあっ!」
リシアが地面へ倒れる。
『リシア!』
土精霊が支える。
『地母!』
ガイアロードが咆哮した。
巨大な身体で地霊樹を庇う。
そして。
地霊樹の根元。
巨大な亀裂から――。
一本の腕が現れた。
岩。
溶岩。
黒い結晶。
それらが混ざり合ったような巨大な腕。
「……嘘でしょ」
セシリアが呟く。
腕だけでガイアロードの脚ほどある。
地面を掴む。
――ズズズズズ……。
何かが。
地底から這い上がろうとしている。
グラドが両腕を広げた。
「はは……」
「はははははは!」
「目覚めよ!」
「神代に世界を震わせた大地の災厄!」
「《崩山神》よ!」
ビルセイヤは白枝を握り締めた。
その時。
『……イ……タイ……』
「!」
小さな声。
誰も気づかなかった。
だが。
ビルセイヤには聞こえた。
『クル……シイ……』
地底から。
『タス……ケ……』
ビルセイヤの目が見開かれる。
「……違う」
「ビルセイヤ?」
セシリアが振り返る。
「こいつも……」
白枝の切っ先を下げる。
敵意ではない。
怒りでもない。
聞こえてきたのは――苦痛。
「こいつも苦しんでる」
フィリアが息を呑む。
「まさか……」
ビルセイヤは巨大な腕を見つめた。
蛇の牙は言った。
破壊の神。
災厄。
世界を滅ぼす存在。
だが。
それは本当に真実なのか。
「俺は……」
一歩前へ。
「まだ、お前を敵だと決めない」
地底の声へ語りかける。
「聞こえるか!」
『……』
「お前は何をされた!」
巨大な腕が止まった。
グラドの笑い声も止まる。
「……何をしている?」
ビルセイヤは構わない。
「答えてくれ!」
「お前は本当に――」
命を奪う剣ではなく。
命を救う剣。
ならば。
剣を抜く前に。
知るべきことがある。
「世界を壊したいのか!」
長い沈黙。
そして。
地底の奥深くから。
確かな声が返ってきた。
『……カエリ……タイ……』
「帰りたい?」
『ワレハ……』
岩の腕が震える。
『大地ニ……』
『カエリ……タイ……』
その瞬間。
地霊樹の黄金の葉が――。
一斉に震えた。
まるで。
千年以上語られることのなかった真実に、応えるように。
崩山神。
それは本当に、世界を滅ぼそうとした邪神なのか。
神代から続く封印の裏側に。
誰も知らない真実が眠っていた。




