第二百十一話 仲間が繋ぐ救いの一太刀
『グォォォォォォォォォ!!』
ガイアロードの咆哮が峡谷を震わせる。
立ち並ぶ巨大な岩壁。
その中央で、ビルセイヤは一人、白枝を構えていた。
正面には山の王。
その巨体に突き刺さった無数の黒い結晶が、赤黒い光を放っている。
『コロ……セ……』
『ワレ……ヲ……』
『コロシテ……クレ……』
「断る」
ビルセイヤの答えは変わらない。
「何度頼まれても同じだ」
白枝の切っ先を僅かに下げる。
「俺が斬るのは、お前じゃない」
「お前を苦しめているものだ」
『……』
赤黒く染まったガイアロードの瞳が揺れた。
だが次の瞬間。
背中の黒い結晶が輝く。
『グォォッ!?』
山の王の意思とは無関係に、巨大な右前脚が持ち上がった。
「来るか!」
ビルセイヤが地面を蹴る。
――ドゴォォォン!!
直前まで立っていた場所が粉砕された。
岩が弾け飛ぶ。
土煙の中をビルセイヤは走る。
(黒い結晶は背中、首、四肢……)
一瞬で位置を確認する。
(全部で十二)
先ほど破壊したものを含めれば十三。
そして。
(おそらく、どれか一つが本命だ)
単純にすべて同じ役割とは思えない。
ガイアロードほど強大な存在を支配する術式。
必ず中心となる核が存在するはずだった。
「なら――」
見つける。
そして斬る。
◇◇◇
一方。
「はあああっ!」
――ガァン!!
セシリアの盾が岩壁へ叩きつけられる。
「硬すぎる!」
壁には小さな亀裂しか入らない。
「もう一度!」
「待ってください!」
リシアがセシリアの腕へしがみついた。
「無理をしたら腕を痛めちゃいます!」
「でも、ビルセイヤが向こうにいるのよ!」
「だからこそです!」
リシアは必死だった。
「セシリアさんまで怪我をしたら、ビルセイヤさんが悲しみます!」
「……っ」
セシリアは動きを止めた。
幼い少女の言葉。
だが、その通りだった。
「……そうね」
焦ってはいけない。
仲間を信じる。
それもまた、共に旅をするということなのだから。
「ごめんなさい、リシア」
「いえ!」
その時。
『こっち……』
「え?」
小さな声。
岩壁の下から、茶色い光が現れる。
「あっ!」
リシアが声を上げた。
「さっきの土精霊さん!」
『いわ……ともだち』
小さな土精霊は岩壁へ両手を触れる。
『おねがい』
ゴゴゴ……。
岩壁の一部が僅かに動いた。
「通れる!」
セシリアが目を見開く。
人一人が通れる程度の隙間。
「ありがとう!」
『えへへ……』
土精霊が嬉しそうに笑った。
◇◇◇
別の場所。
「ツバサ!」
「聞こえてる!」
岩壁の向こうからエミリアの声。
「そこから動かないでください!」
「いや、動かないと合流できないだろ!」
「違います!」
直後。
「風の精霊さん!」
『はーい!』
ヒュオッ!
岩壁の上を風が吹き抜ける。
その風に乗って一本の矢が高く舞い上がった。
そして――。
ツバサの側へ落ちる。
「……矢?」
先端には小さな布が結ばれていた。
広げる。
『右へ百歩。岩壁が低い場所があります』
「なるほど」
ツバサは笑う。
「相変わらず器用なことするな」
岩壁越しに叫ぶ。
「分かった!」
「そっちで会おう!」
「はい!」
◇◇◇
そしてフィリアは。
一人、地脈探知杖を見つめていた。
「……おかしい」
杖の光。
それは地霊樹の方向だけを示しているのではない。
ガイアロードへ向けても強く反応している。
「まさか……」
フィリアは目を閉じた。
魔力感知。
大地へ意識を沈める。
地脈。
ガイアロード。
地霊樹。
三つの魔力を比較する。
「……そういうことですか」
目を開く。
「ビルセイヤさん!」
岩壁越しに叫ぶ。
◇◇◇
「っ!」
ビルセイヤが顔を上げる。
遠くからフィリアの声が聞こえた。
「聞こえますか!」
「ああ!」
「黒い結晶を全部壊す必要はありません!」
「何!?」
ガイアロードの尾が迫る。
「くっ!」
跳躍。
巨大な岩の尾が足元を薙ぎ払う。
着地。
すぐ走る。
「どういうことだ!」
「術式の中心があります!」
「やっぱりか!」
「場所は――」
フィリアが地脈探知杖へ魔力を注ぐ。
琥珀色の光が強くなる。
「胸部です!」
「胸?」
「外から見える結晶ではありません!」
「ガイアロードの体内に埋め込まれています!」
ビルセイヤの表情が険しくなる。
体内。
ならば普通に斬れば、ガイアロード自身を傷つける。
「深さは!?」
「かなり深いです!」
「外側から斬るのは危険です!」
「なら、どうする!」
「地脈です!」
フィリアは叫んだ。
「ガイアロードは地霊樹と地脈で繋がっています!」
「術式もその繋がりを利用しています!」
「……!」
ビルセイヤは理解した。
「黒い結晶じゃない」
「繋がっている魔力だけを断てばいいのか!」
「はい!」
物質を斬るのではない。
術式。
魔力。
穢れとの繋がり。
それだけを断つ。
「無茶言ってくれるな……」
ビルセイヤは苦笑した。
だが。
できないとは思わなかった。
鍛冶も同じだ。
鉄を見る。
熱を見る。
炭素を見る。
槌を入れる場所を見極める。
剣も同じ。
ただ力任せに斬るのではない。
必要な場所へ。
必要な角度で。
必要な力だけを届ける。
(見ろ)
ビルセイヤは呼吸を整える。
(目じゃない)
(感じろ)
ガイアロードの魔力。
地脈。
黒い穢れ。
それらが複雑に絡み合っている。
その中に。
「……あった」
一本だけ異質な流れ。
黒い糸。
ガイアロードの胸から地面へ伸び、その先は地霊樹の方向へ続いている。
いや。
正確には――。
(地霊樹から流れ込んでいる?)
誰かが地霊樹側から術式を維持している。
「蛇の牙……!」
ならば。
断つ。
ビルセイヤが白枝を構えた。
しかし。
『グォォォォォォ!!』
ガイアロードが両前脚を持ち上げる。
黒い魔力が大地へ流れる。
地面から無数の岩槍。
「まずい!」
避けながら術式を斬るのは難しい。
その時。
「ビルセイヤ!」
聞き慣れた声。
「セシリア!」
岩壁の隙間からセシリアが飛び出してきた。
リシアと土精霊も一緒だ。
「一人で格好つけない!」
大盾を地面へ突き立てる。
「防御は私の仕事よ!」
岩槍が迫る。
「――聖盾結界!」
巨大な光の盾が展開された。
ドドドドドドッ!!
「くぅぅっ!」
セシリアが踏ん張る。
「今よ!」
「ありがとう!」
そして。
「ビルセイヤさん!」
頭上から矢が飛ぶ。
エミリア。
岩壁の上に立っていた。
「精霊さんたち!」
『いっくよー!』
風が巻き起こる。
ガイアロードの顔へ風が集中し、一瞬だけ視界を奪う。
『グォッ!?』
「右側は空いた!」
ツバサも駆けてくる。
「俺が脚を引きつける!」
剣で黒い結晶を叩く。
ガキィン!
「こっちだ、山の王!」
ガイアロードがツバサへ顔を向ける。
「ビルセイヤさん!」
最後にフィリア。
地脈探知杖を掲げる。
「黒い流れを可視化します!」
琥珀色の光が広がる。
ビルセイヤの視界。
世界から色が消えた。
代わりに魔力の流れだけが浮かび上がる。
黄金。
大地の魔力。
緑。
生命。
そして――。
黒。
「見えた!」
一本の黒い糸。
ガイアロードを縛る呪い。
仲間たちが作ってくれた、ほんの数秒。
十分だった。
「ガイアロード!」
『……』
「少しだけ耐えろ!」
白枝を鞘へ納める。
腰を落とす。
抜刀。
斬るのは肉ではない。
骨でもない。
命でもない。
ただ――呪いのみ。
「飛天御剣流――」
一歩。
ビルセイヤの姿が掻き消える。
ガイアロードの懐へ。
白枝が抜き放たれた。
「――双龍閃!」
一撃目。
刀身が黒い魔力の流れへ触れる。
二撃目。
鞘による追撃が術式の結節点を正確に打ち抜く。
――キィィィィン!
物質を斬った音ではなかった。
もっと澄んだ。
何かが解き放たれるような音。
黒い糸に亀裂が走る。
そして。
――パァン!
切れた。
『グォォォォォォォ!!』
ガイアロードが天を仰ぐ。
背中の黒い結晶が次々と砕け始めた。
一つ。
二つ。
三つ。
連鎖するように。
パキン!
パキン!
パキィィン!
「やった……!」
リシアが声を上げる。
赤黒かった瞳から、穢れが消えていく。
やがて。
そこに現れたのは。
大地を思わせる、穏やかな琥珀色の瞳だった。
『……ニンゲン』
低い声。
だが、もう苦しみはない。
『ワレハ……』
巨大な身体がゆっくりと伏せられる。
ビルセイヤは白枝を鞘へ戻した。
「おかえり」
ガイアロードの瞳が僅かに細くなる。
『……アリガトウ』
大地の守護者。
山の王ガイアロード。
その心は――。
ついに黒き呪縛から解放された。
だが。
次の瞬間。
――ドクン!!
遥か北西。
地霊樹の方向から。
今までとは比べものにならない衝撃が伝わった。
「っ!?」
フィリアが振り返る。
「そんな……!」
地脈探知杖。
琥珀色だった光が。
一瞬だけ――真っ黒に染まった。
『地母……!』
ガイアロードが立ち上がる。
穏やかだった瞳に焦りが宿る。
『封印ガ……破ラレル!』
「封印?」
ビルセイヤが振り返る。
『急ゲ!』
『地霊樹ノ根ノ下ニ眠ルモノヲ――』
山の王の声が震えた。
『目覚メサセテハナラヌ!』
遠く。
黒い霧に覆われた山の中心。
地霊樹の根元で。
――パキッ。
神代から続いていた第二の封印に。
ついに最初の亀裂が走った。




