第二十六話 折り返し鍛錬
玉鋼が完成してから二日後――。
シーサスの鍛冶師ギルドは、朝から異様な熱気に包まれていた。
炉の熱ではない。
人の熱気だ。
工房の周囲には、多くの鍛冶師たちが集まっていた。
若手からベテランまで勢揃いである。
皆の目的は同じだった。
ビルセイヤが次に何をするのか、見届けること。
◇◇◇
「本当に人気者ですね」
エミリアが苦笑しながら言う。
長い耳がぴくりと動いた。
「俺は静かに鍛冶をしたいだけなんだが……」
ビルセイヤは小さくため息を吐く。
「無理ですね」
セシリアが即答した。
ゴブリンジェネラル討伐。
異世界初のたたら製鉄。
そして玉鋼の完成。
鍛冶師ギルドでは、すでに伝説扱いされ始めていた。
本人にその自覚はない。
◇◇◇
「始めるぞ」
ビルセイヤが工房中央へ歩く。
その瞬間、周囲が静かになった。
作業台の上に置かれた玉鋼。
鈍く輝く銀色の塊は、まるで宝石のような存在感を放っていた。
ビルセイヤはそれを炉へ入れる。
赤く熱する。
十分な温度になったところで取り出した。
そして――。
カンッ!
甲高い金属音が工房へ響き渡る。
最初の一撃だった。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
槌が振り下ろされる。
火花が舞う。
玉鋼が少しずつ形を変えていく。
「普通の鍛造と変わらないな」
ガルドが呟く。
周囲の鍛冶師たちも頷いた。
「ここまではな」
ビルセイヤは手を止めずに答えた。
◇◇◇
しばらく鍛えたあと。
玉鋼を長方形へ整える。
そして――真っ二つに折った。
「なっ!?」
工房中が騒然となる。
「何やってるんだ!?」
「せっかく鍛えたのに!」
「割れたぞ!」
当然の反応だった。
鍛冶師にとって、金属を鍛えることはあっても、わざわざ折ることなど普通はあり得ない。
しかし、ビルセイヤは平然としていた。
折った玉鋼を重ねる。
再び炉へ入れる。
赤く熱する。
そして叩く。
カンッ!
カンッ!
カンッ!
理解できない。
鍛冶師たちは唖然とする。
「何をしているんだ?」
ガルドが思わず尋ねた。
ビルセイヤは手を止めずに答える。
「折り返し鍛錬だ」
その言葉に、全員が首を傾げた。
聞いたことのない技法だった。
「不純物を取り除く。金属の組織を均一化する。強靭な鋼を作るための工程だ」
説明されても、すぐには理解できない。
だが、目の前で行われている技術が特別なものだということだけは分かった。
◇◇◇
折る。
重ねる。
熱する。
叩く。
また折る。
そして、また叩く。
延々と繰り返される作業。
汗が流れる。
腕が悲鳴を上げる。
肩が重い。
それでも、ビルセイヤは止まらない。
前世で憧れた日本刀。
その夢へ続く道なのだから。
◇◇◇
夕方。
作業が一段落する頃には、ビルセイヤの全身は汗まみれになっていた。
「終わったのか?」
ガルドが聞く。
「いや」
ビルセイヤは首を横に振った。
「まだ始まったばかりだ」
そう言って、鍛え終えた鋼を持ち上げる。
「次は、芯鉄と皮鉄を作る」
また知らない単語が出てきた。
「何だそれは?」
ビルセイヤは完成した鋼を見ながら説明する。
「刀は、一種類の金属だけでは作らない」
工房が静まり返った。
「粘りを担当する芯。切れ味と硬さを担当する皮。それぞれを別に作り、組み合わせる」
ガルドたちは絶句した。
「そんな発想が……」
この世界の武器は、基本的に単一素材で作られる。
鉄なら鉄。
鋼なら鋼。
だからこそ、その考え方は衝撃だった。
ビルセイヤにとっては、刀鍛冶の知識。
しかしこの世界にとっては、革命だった。
◇◇◇
その夜。
冒険者ギルド併設の食堂兼酒場。
オークの生姜焼きプレートを前にしながら、三人は食事をしていた。
「今日は凄かったですね」
セシリアが笑う。
「何がだ?」
「鍛冶師さんたちの顔ですよ」
確かに面白かった。
まるで未知の魔法を見たような表情をしていた。
「子供みたいでしたね」
エミリアも微笑む。
職人は新しい技術に弱い。
それは、どの世界でも同じらしい。
◇◇◇
その時だった。
バンッ!
酒場の扉が勢いよく開く。
「大変だ!」
一人の冒険者が飛び込んできた。
全身泥だらけ。
息を切らし、今にも倒れそうな様子だった。
「何があった!」
ギルドマスターのバルドが立ち上がる。
冒険者は叫んだ。
「オークだ!」
食堂が静まり返る。
「オークの群れが、東の辺境の村へ向かっている!」
空気が変わった。
オーク。
ゴブリンより遥かに強い魔物。
成人男性並みの知能と圧倒的な腕力を持つ危険な存在だ。
「数は!?」
バルドが鋭く問いかける。
「二十体以上だ!」
ざわめきが広がる。
二十体。
村の自警団だけでは、絶対に防げない数だった。
◇◇◇
ビルセイヤは静かに立ち上がる。
せっかく刀作りに集中できると思った矢先だった。
だが、見捨てるという選択肢は最初から存在しない。
「行くか」
セシリアも立ち上がる。
「もちろんです」
エミリアも力強く頷いた。
「助けましょう」
三人は武器を手に取る。
刀作りはまだ途中。
夢への道も、まだ始まったばかり。
それでも――守るべき人々がいる。
英雄への道は、待ってくれない。
新たな戦いの幕が、上がろうとしていた。
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第一章 第二十六話
折り返し鍛錬
――続く。




