第二十五話 玉鋼誕生
ゴブリンジェネラル討伐から一週間。
シーサスの街外れにある鍛冶師ギルドの空き地には、多くの人が集まっていた。
冒険者ではない。
鍛冶師たちだ。
彼らの視線の先には、巨大な粘土製の炉がそびえ立っている。
――たたら炉。
この世界には存在しないはずの製鉄炉である。
◇◇◇
「本当にこれで鉄が作れるのか?」
鍛冶師ギルド長ガルドが、腕を組みながら呟く。
周囲の鍛冶師たちも同じ気持ちだった。
見たこともない炉。
聞いたこともない製鉄法。
疑うなという方が無理である。
しかし、ビルセイヤだけは違った。
「作れる」
迷いなく答える。
その目には、確かな自信が宿っていた。
前世で学んだ知識。
そして古代鍛冶師録から得た技術。
成功を保証するものではない。
だが、挑戦する価値は十分にある。
「始めるぞ」
◇◇◇
炉へ木炭を投入する。
火を入れる。
ふいごで空気を送り込む。
ゴォォォォォッ――。
炎が勢いよく燃え上がった。
赤い火が炉の内部を満たしていく。
温度は徐々に上昇し、周囲の空気までも熱を帯び始めた。
「熱っ!」
セシリアが思わず後ずさる。
顔に吹きつける熱風は凄まじい。
まるで真夏の太陽を目の前に置かれたようだった。
「ここからが本番だ」
ビルセイヤは額の汗を拭う。
そして、砂鉄を投入した。
砂鉄。
木炭。
砂鉄。
木炭。
ひたすら繰り返す。
単純な作業。
しかし、最も重要な作業でもあった。
◇◇◇
数時間後。
「まだですか?」
セシリアが疲れた顔で尋ねる。
「まだだ」
即答だった。
さらに数時間後。
「まだですか?」
「まだだ」
エミリアが苦笑する。
日本刀作りが大変なのは理解していた。
だが、想像以上だった。
夕暮れが訪れる。
それでも終わらない。
夜になる。
それでも終わらない。
「交代で休んでくれ」
ビルセイヤは炉の前から動かなかった。
「ビルセイヤさんは?」
セシリアが心配そうに聞く。
「俺は残る」
たたら製鉄は止められない。
温度管理を誤れば、すべてが無駄になる。
だから、誰かが見続ける必要がある。
結局その夜、ビルセイヤは一睡もしなかった。
◇◇◇
翌日。
再び砂鉄を入れる。
木炭を入れる。
火を見る。
音を聞く。
炉を管理する。
その姿を見ていたガルドたちも、自然と手伝い始めていた。
「馬鹿みたいな作業だな」
ガルドが呟く。
けれど、口元には笑みが浮かんでいた。
「だが、嫌いじゃねぇ」
周囲の鍛冶師たちも笑った。
未知の技術。
未知の金属。
未知の可能性。
職人の好奇心を刺激するには、十分すぎるものだった。
◇◇◇
二日目の夜。
炉は真っ赤に輝いていた。
まるで小さな太陽のようだった。
吹き出す熱気。
燃え盛る炎。
響き続けるふいごの音。
誰もが疲れ切っていた。
それでも、目を離せない。
「あと少しだ」
ビルセイヤは確信していた。
炉の音が変わっている。
燃え方が変わっている。
中で何かが育っている。
そんな感覚があった。
◇◇◇
三日目。
ついに、終わりの時が来る。
「炉を壊す」
その言葉に、全員が固まった。
「は?」
ガルドが間抜けな声を出す。
「せっかく作ったんだぞ?」
「そうだ」
ビルセイヤは頷く。
「たたら炉は、一回ごとに壊す」
全員が頭を抱えた。
理解できない。
理解できるわけがない。
「意味が分からん……」
それでも、ここまで来たらやるしかなかった。
ハンマーを振り下ろす。
粘土の壁が崩れる。
ドガン!
さらに叩く。
崩れる。
砕ける。
そして――。
◇◇◇
「おおおおおおおっ!」
歓声が上がった。
炉の中から現れたのは、巨大な鉄の塊。
鈍く、しかし美しく輝く銀色の金属だった。
「これが……」
セシリアが息を呑む。
ビルセイヤは静かに答えた。
「玉鋼だ」
日本刀の命。
炭素量を調整した高品質の鋼。
前世の職人たちが、長い時間をかけて受け継いできた技術の結晶。
それが今、異世界の地で生まれたのだ。
ガルドが恐る恐る手を伸ばす。
鍛冶師としての本能が告げていた。
「凄いな……」
普通の鋼とは違う。
それだけは分かる。
周囲の鍛冶師たちも興奮していた。
「こんな鉄は初めて見たぞ」
「本当に出来たのか」
「信じられねぇ……」
だが、ビルセイヤは首を横に振った。
「まだだ」
全員が首を傾げる。
「これは始まりに過ぎない」
玉鋼は完成した。
しかし、日本刀はまだ存在しない。
ここから選別。
折り返し鍛錬。
芯鉄と皮鉄。
焼き入れ。
研磨。
ようやく刀作りが始まるのだ。
◇◇◇
その夜。
宿へ戻ったビルセイヤは、倒れるように眠った。
夢を見た。
真っ白な空間。
何もない世界。
そこに、一人の老人が立っていた。
白髪。
和服。
腰には一本の刀。
まるで長い年月を生きてきた剣豪のような雰囲気だった。
「ようやく第一歩だな」
老人が静かに笑う。
「誰だ?」
ビルセイヤは尋ねる。
しかし、老人は答えない。
「刀を打て」
ただ、それだけを告げる。
「お前の道は、そこから始まる」
次の瞬間、老人の姿は霧のように消えていた。
◇◇◇
目を覚ます。
朝だった。
「変な夢だな……」
夢だったはずだ。
それなのに、妙に現実感があった。
そしてビルセイヤはまだ知らない。
その老人が将来、自らの運命に深く関わる存在であることを。
玉鋼は生まれた。
次は刀。
異世界初の日本刀製作が、いよいよ始まろうとしていた。
刀鍛冶への道。
英雄への道。
そして創造神への道。
そのすべてが、この一塊の玉鋼から始まるのだった。
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第一章 第二十五話
玉鋼誕生
――続く。




