第二十四話 たたら炉への挑戦
ゴブリンジェネラル討伐から三日後。
シーサスの街は、以前にも増して活気に満ちていた。
東のフォレスト草原に巣食っていたゴブリンの群れが壊滅したことで、周辺の村々にも平穏が戻ったのだ。
商人たちは安心して街道を利用できるようになり、辺境の村からは感謝の品まで届いているらしい。
そして当然のように――討伐を成し遂げた三人組の噂は、街中へ広まっていた。
◇◇◇
「見ろよ」
「あれがビルセイヤだ」
「ゴブリンジェネラルを倒したっていう?」
「新人冒険者らしいぞ」
街を歩くだけで、あちこちから視線を感じる。
尊敬。
驚き。
好奇心。
様々な感情が入り混じった視線だった。
だが、当の本人はそんなものをまるで気にしていなかった。
ビルセイヤの頭の中は、別のことでいっぱいだったからだ。
◇◇◇
「砂鉄は……これで十分か」
宿の部屋で、ビルセイヤは袋の中身を確認する。
海辺で採取した砂鉄。
川辺で見つけた砂鉄。
少しずつ集めてきた黒い砂。
量としては決して多くない。
だが、試験的に玉鋼を作るには十分な量になっていた。
問題は次の段階だ。
炉。
たたら炉である。
普通の鍛冶炉では駄目だ。
日本刀のための鋼――玉鋼を作るには、それ専用の炉が必要になる。
前世で学んだ知識。
古代鍛冶師録から得た技術。
それらを何度も頭の中で組み立てながら、ビルセイヤは小さく息を吐いた。
「やるしかない、か」
その呟きには、迷いよりも期待の方が大きかった。
◇◇◇
翌日。
ビルセイヤは鍛冶師ギルドを訪れていた。
「だから作りたいんだ」
そう言って、簡単な設計図を広げる。
「たたら炉?」
ガルドが首を傾げた。
周囲にいた鍛冶師たちも、不思議そうな顔をしている。
当然だろう。誰も聞いたことのない名前なのだから。
「普通の炉じゃ駄目なのか?」
ガルドが尋ねる。
ビルセイヤは首を横に振った。
「駄目だ」
その答えに迷いはない。
「必要なのは鉄じゃない。玉鋼だ」
再び沈黙が訪れる。
玉鋼という単語もまた、この世界では聞き慣れないものだった。
「鋼とは違うのか?」
「違う」
「どう違う?」
ビルセイヤは少し考えた。
前世なら説明は簡単だ。
だが、この世界には概念そのものが存在していない。
だから、できるだけ簡潔に言葉を選ぶ。
「最高品質の鋼だと思ってくれ」
その瞬間、周囲の鍛冶師たちがざわついた。
「最高品質?」
「そんな金属、聞いたことねぇぞ」
「本当に存在するのか?」
疑われるのは当然だった。
だが、ビルセイヤは確信している。
前世で学んだ知識。
そして古代鍛冶師録に記された技術。
そのどちらも、決して嘘ではない。
「まずは作ってみる」
百の説明より、一つの成果。
職人の世界では、それがすべてだった。
◇◇◇
その日の午後。
鍛冶師ギルド裏の空き地で、ビルセイヤは地面に設計図を書いていた。
長方形の炉。
送風口。
木炭の投入口。
粘土で作る炉壁。
頭の中にある知識を、一つずつ形に落とし込んでいく。
「何を作っているんですか?」
興味津々といった様子で、セシリアが覗き込んできた。
「たたら炉だ」
「たたら?」
「鉄を作る炉だな」
セシリアはよく分からない、という顔をした。
だが、一つだけ分かることがある。
ビルセイヤが、ものすごく楽しそうだということだ。
「手伝います!」
元気よく宣言するセシリア。
「私も手伝います」
エミリアも微笑みながら加わった。
こうして三人による炉作りが始まる。
◇◇◇
粘土を運ぶ。
形を整える。
水を混ぜる。
炉壁を積み上げる。
乾燥の具合を見ながら、少しずつ形を整えていく。
慣れない作業だった。
だが、不思議と楽しい。
冒険とは違う。
魔物との戦いとも違う。
何かを壊すのではなく、何かを生み出す時間だった。
「うわっ、重いです……!」
セシリアが粘土の入った桶を抱えながらふらつく。
「無理するな。半分持つ」
ビルセイヤがさりげなく桶の片側を持ち上げた。
「す、すみません……ありがとうございます」
少しだけ頬を赤くするセシリア。
その様子を見て、エミリアがくすりと笑う。
「セシリア、顔が真っ赤ですよ」
「ち、違います! これは暑いからです!」
「そういうことにしておきますね」
「エミリアさん!?」
賑やかな声が、空き地に響く。
戦場ではない。
けれど、こういう時間も悪くない。
ビルセイヤはそんなことを思いながら、炉壁の形を整えていった。
◇◇◇
「ビルセイヤさん」
粘土だらけになったセシリアが、ふと声を掛ける。
「なんだ?」
「どうしてそこまで刀にこだわるんですか?」
作業していた手が止まった。
ビルセイヤは少しだけ遠くを見る。
脳裏に浮かぶのは、前世で見た日本刀だ。
研ぎ澄まされた刃。
美しい反り。
波打つ刃文。
武器でありながら、芸術品でもある一振り。
職人たちが魂を込めて生み出した結晶。
「憧れ、かな」
静かな声だった。
「いつか、自分の手で打ってみたかったんだ」
その言葉には夢があった。
幼い頃から抱いていた憧れ。
ずっと手が届かなかった夢。
だが今、その夢に手を伸ばせる場所に立っている。
セシリアは少し驚いた。
普段のビルセイヤは冷静だ。
落ち着いていて、大人びている。
だが今は違う。
夢を語る少年の顔をしていた。
「素敵ですね」
自然と口から出た言葉だった。
「そうか?」
ビルセイヤが少し照れたように笑う。
「はい」
セシリアも笑う。
「そういう顔、初めて見ました」
その横で、エミリアも静かに微笑んでいた。
目標へ向かって真っ直ぐ進む姿は美しい。
それはエルフである彼女にも、よく分かることだった。
◇◇◇
一方その頃――王都アルティア。
「もう一度ですわ!」
訓練場に元気な声が響いていた。
第二王女アイリスである。
額に汗を浮かべながら木剣を握り、対するは第一王子ウィル。
王太子であり、王国でも指折りの剣士だ。
「本当に続けるのか?」
ウィルが苦笑する。
「当然ですわ!」
即答だった。
「冒険者になるんでしょう?」
妹は本気だ。
完全に本気である。
「それに!」
アイリスは木剣を構える。
瞳がきらきらと輝いていた。
「ビルセイヤ様はゴブリンジェネラルを倒したんですのよ!」
ウィルは思わず吹き出しそうになった。
「まだ話したこともないんだろ?」
アイリスの動きが止まる。
「うっ……」
痛いところを突かれた。
「まずは会話するところからじゃないか?」
兄の正論だった。
しかし。
「そのためにも冒険者ですわ!」
やはり結論は変わらなかった。
恋する乙女は強い。
そして、少々頑固だった。
◇◇◇
一方、シーサスでは。
夕日を浴びながら、たたら炉が少しずつ形になっていく。
異世界へ転移した青年。
冒険者として成長し、鍛冶師として夢を追う。
まだ誰も知らない。
この炉から生まれる一本の刀が、後に伝説へ繋がることを。
そして――その刀を打つ男が、英雄となり、やがて創造神へ至ることを。
第一章 第二十四話
「たたら炉への挑戦」
――続く。




