第二十三話 英雄への第一歩
シーサスへ帰還したビルセイヤたちは、その足で冒険者ギルドへ向かった。
夕暮れ時のギルドは、いつも以上に賑わっていた。
依頼を終えた冒険者たちが酒を飲みながら戦果を語り合い、食堂兼酒場からは香ばしい肉料理の匂いが漂っている。
そんな喧騒の中、ギルドへ入った三人を見つけた受付嬢が、慌てて立ち上がった。
◇◇◇
「ビルセイヤさん! セシリアさん! エミリアさん!」
受付カウンターから飛び出してくる。
「ご無事だったんですね!」
その声には、本気の安堵が滲んでいた。
「何かあったのか?」
ビルセイヤが首を傾げる。
受付嬢は胸を撫で下ろした。
「予定時間を大幅に過ぎていたので、ギルドでも心配していたんです」
調査依頼としては異常な長さだった。
しかも向かった先は、ゴブリン出没地域。
最悪の事態も考えられていたのだろう。
「報告がある」
ビルセイヤの真剣な表情を見て、受付嬢の顔つきが変わった。
「分かりました。会議室を準備します」
◇◇◇
十分後。
ギルド奥の会議室。
そこにはギルドマスターをはじめ、主要職員たちが集められていた。
シーサス冒険者ギルドマスター、バルド。
元Aランク冒険者であり、五十代半ばの大男。
片目に古傷を持つ、歴戦の冒険者だ。
「それで?」
バルドは腕を組む。
「何を見た?」
ビルセイヤは順を追って説明した。
異常な数のゴブリン。
巨大な洞窟。
群れを率いるゴブリンリーダー。
そして――ゴブリンジェネラルの存在を。
説明が進むにつれ、部屋の空気が重くなっていく。
職員たちの表情も険しくなった。
◇◇◇
「待て」
バルドが低い声を出す。
「今、ゴブリンジェネラルと言ったか?」
「ああ」
ビルセイヤは頷く。
「本当にいたんだな?」
「いた」
「そして?」
バルドが続きを促す。
ビルセイヤは静かに答えた。
「討伐した」
部屋は完全に沈黙した。
「……は?」
誰かが間抜けな声を漏らした。
それも仕方ない。
ゴブリンジェネラルは、新人冒険者が倒せる相手ではない。
通常なら、Bランク以上の討伐隊が出動する案件だ。
◇◇◇
「証拠ならある」
ビルセイヤは収納袋から魔石を取り出した。
ゴブリンリーダーの魔石。
そして、拳ほどの大きさを持つ漆黒の魔石。
「まさか……」
バルドが立ち上がる。
震える手で魔石を確認した。
間違いない。
ゴブリンジェネラルの魔石だ。
長年冒険者をしてきた彼だからこそ分かる。
本物だった。
「お前たち三人で倒したのか?」
「結果的にはそうなる」
ビルセイヤが答える。
セシリアとエミリアも苦笑した。
本人たちですら信じられない。
だが、事実だ。
◇◇◇
しばらく沈黙したあと、バルドは大きく息を吐いた。
「シーサスを救ったな」
その言葉は重かった。
もし発見が遅れていたら。
ゴブリンの群れは東の辺境の村を襲っただろう。
さらに数を増やし、シーサスまで侵攻していた可能性も高い。
被害は計り知れない。
「今回の件は通常依頼じゃない」
バルドは断言した。
「緊急依頼扱いに変更する」
その結果、三人には通常報酬とは別に特別報酬が支払われることになった。
金貨十五枚。
「じゅ、十五枚……」
セシリアの目が点になる。
新人冒険者なら、何か月もかけて稼ぐ額だった。
「これで当面は困りませんね」
エミリアも驚いている。
だが。
「たたら炉が作れるな」
ビルセイヤが真っ先に考えたのは、そこだった。
「……」
「……」
セシリアとエミリアは顔を見合わせた。
この男は、本当に鍛冶が好きらしい。
◇◇◇
報告が終わり、三人が会議室を出る頃には、噂が広がり始めていた。
「聞いたか?」
「ああ」
「ゴブリンジェネラルを倒したらしいぞ」
「誰が?」
「新人冒険者だ」
「冗談だろ?」
「俺もそう思った」
酒場は大騒ぎだった。
当然である。
ゴブリンジェネラルは、辺境では災害認定されることもある存在なのだ。
無数の視線を受けながら、三人はギルドを後にした。
夕焼けが街を赤く染めている。
「有名人ですね」
エミリアが微笑む。
「困ったな」
ビルセイヤは本気でそう思った。
目立つつもりはない。
静かに鍛冶をして、静かに冒険をしたいだけだ。
「無理ですよ」
セシリアが笑う。
「普通に考えて目立ちますって」
三人は顔を見合わせ、思わず笑った。
◇◇◇
だが彼らは、まだ知らない。
今日の出来事が、シーサスだけで終わらないことを。
数日後。
ゴブリンジェネラル討伐の報告書は、王都アルティアへ届けられる。
新人冒険者。
黒髪の剣士。
ゴブリンジェネラル討伐。
その報告書を読んだ少女がいた。
「ビルセイヤ様ですわ!」
第二王女アイリスだった。
瞳がきらきら輝いている。
「やっぱり凄い方でしたのね!」
満面の笑顔。
一方、隣に立つマリアは静かに頭を抱えていた。
「悪化しましたね……」
恋心は順調に育っているらしい。
本人が、まだろくに会話できていないことはさておき。
◇◇◇
そして同じ頃。
王太子ウィルも、報告書へ目を通していた。
「ほう……」
静かに呟く。
ゴブリンジェネラル討伐。
新人冒険者。
黒髪の剣士。
「面白い人物が現れたものだ」
まだ知らない。
その青年が将来、自分の良き友となることを。
◇◇◇
一方その頃。
シーサスの鍛冶師ギルド。
「たたら炉?」
ガルドが首を傾げる。
ビルセイヤは真剣な顔で頷いた。
「作りたい」
ゴブリンジェネラルを倒し、十分な資金を得た今。
次に目指すのは――異世界初の日本刀製作。
英雄への道と、刀鍛冶への道。
その両方が、少しずつ動き始めていた。
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第一章 第二十三話
英雄への第一歩
――続く。




