第二十二話 勝利の代償
ゴブリンジェネラル討伐から、数時間後――。
フォレスト草原に吹く風は静かだった。
先ほどまで響いていた剣戟の音も、魔物たちの咆哮も、今はもう聞こえない。
残されているのは、戦いの痕跡だけだった。
◇◇◇
「終わった……のか」
ビルセイヤは大きく息を吐いた。
全身が重い。
腕は鉛のように重く、足には疲労が蓄積している。
ロングソードを支えるだけでも力が必要だった。
それほど激しい戦いだったのだ。
視線の先には、巨大な亡骸が横たわっている。
ゴブリンジェネラル。
群れを率いていた王。
あの巨体も、今はもう動かない。
「本当に勝ったんですね……」
セシリアがその場へ座り込む。
額には汗が滲み、鎧には戦闘の傷跡が残っていた。
それでも、その表情には安堵と達成感がある。
「無事でよかったです」
エミリアも胸を撫で下ろした。
魔力を大量に消費したのだろう。
普段より顔色が少し悪い。
それでも、大きな怪我はない。
仲間全員が生き残った。
それだけで十分な勝利だった。
◇◇◇
「まだ油断するな」
ビルセイヤは周囲へ視線を巡らせる。
戦場では最後の最後まで気を抜いてはいけない。
師匠から何度も教わったことだった。
「生き残りがいるかもしれない」
ゴブリンたちは群れで行動する。
逃げ延びた個体がいれば、再び脅威になる可能性もある。
確認は必要だった。
三人は慎重に、洞窟へ足を踏み入れた。
◇◇◇
ゴブリンたちの巣。
内部は、想像以上に広かった。
粗末な寝床。
食料を保管していたらしい場所。
骨が散乱している場所。
人間だけではない。
魔物や動物の骨も混じっていた。
「気分の良い場所ではありませんね……」
エミリアが眉をひそめる。
ビルセイヤも同意だった。
だが探索は続ける。
何か重要な手掛かりが残されている可能性もあるからだ。
◇◇◇
しばらく進んだところで、セシリアが声を上げた。
「ビルセイヤさん!」
洞窟の奥。
そこには、一つの宝箱が置かれていた。
鉄で補強された頑丈な箱。
商人が使うような高価な物だ。
「戦利品か」
ビルセイヤは警戒しながら近づく。
罠の可能性も考えたが、その様子はない。
慎重に蓋を開ける。
「おお……」
思わず声が漏れた。
中には大量の金貨や銀貨。
宝石。
魔晶石。
そして数本の武器が収められていた。
おそらく、ゴブリンたちが襲った商人や冒険者から奪った物だろう。
かなりの価値がある。
今回の討伐報酬と合わせれば、当面の資金には困らないはずだ。
◇◇◇
だが、ビルセイヤの視線は別の物へ向いていた。
箱の隅に、一冊の古びた本があった。
革表紙は擦り切れ、長い年月を感じさせる。
それなのに、なぜか目が離せなかった。
「本ですか?」
セシリアが覗き込む。
ビルセイヤは慎重にそれを手に取った。
表紙には、見慣れない文字が刻まれている。
「古代文字……?」
エミリアが呟く。
一般人には読めない文字だ。
しかし、ビルセイヤには心当たりがあった。
古代鍛冶師録。
あの遺跡で得た知識の中には、古代文字に関する情報も含まれていた。
「少しなら読める」
二人が驚いた顔をする。
ビルセイヤはゆっくりとページを開いた。
◇◇◇
文字を追う。
一行。
二行。
三行。
そして――。
「これは……」
思わず息を呑む。
予想以上の内容だった。
「どうしたんですか?」
セシリアが心配そうに尋ねる。
ビルセイヤは本から目を離さない。
「鍛冶書だ」
「鍛冶書?」
「ああ」
声が少し震えていた。
興奮しているのだ。
そこに記されていたのは、失われた鍛冶技術だった。
特殊金属の精錬方法。
魔力を利用した鍛造技術。
そして――。
「魔鉄……」
ビルセイヤは、その名を口にした。
以前から気になっていた金属だった。
冒険者たちの間では、伝説級の素材として語られている。
しかし、詳細はほとんど知られていない。
本には、その魔鉄に関する記述が残されていた。
完全な情報ではない。
断片的だ。
それでも、十分すぎるほど大きな価値がある。
◇◇◇
ビルセイヤの胸が高鳴る。
もし、この知識を再現できれば。
もっと強い武器が作れる。
もっと優れた刀が作れる。
今はまだ夢物語だ。
だが、確実に未来へ繋がる一歩だった。
後に伝説となる武器。
英雄四神器。
その原点へ繋がる知識との出会いだった。
◇◇◇
探索を終えた三人は、シーサスへの帰路についた。
ゴブリンの巣は壊滅。
ゴブリンリーダーも。
ゴブリンジェネラルも討伐済み。
依頼としては、大成功だった。
夕暮れの草原を歩く。
空は赤く染まり、長い影が伸びていた。
「ビルセイヤさん」
隣を歩いていたセシリアが声をかける。
「ん?」
「ありがとうございました」
突然の言葉だった。
「何がだ?」
「何度も助けてくれたじゃないですか」
ゴブリンとの戦い。
死角からの攻撃。
危険な場面は何度もあった。
そのたびに、ビルセイヤは仲間を守っていた。
「仲間だからな」
返ってきたのは、当たり前のような言葉だった。
特別なことではない。
そう言いたげな表情。
だが、セシリアの頬は少し赤くなっていた。
「そういうところなんですよね……」
小さな呟き。
本人には聞こえていない。
エミリアはそんな様子を見て、くすりと微笑む。
長い付き合いではない。
それでも分かる。
(分かりやすいですね)
もっとも、セシリア自身はまだ気づいていない。
その感情の正体に。
◇◇◇
一方その頃――。
王都アルティア。
「きゃあっ!」
訓練場に悲鳴が響いた。
木剣を持ったアイリスが、見事に転がっている。
「また負けましたわ……」
地面に座り込みながら呟く。
対戦相手は第一王子ウィル。
王太子であり、王国有数の実力者だ。
「当然だろう」
ウィルは苦笑する。
「剣は一日で強くならない」
だが、アイリスは立ち上がった。
服は土まみれ。
髪も少し乱れている。
それでも、諦めない。
脳裏に浮かぶのは、シーサスで出会った青年。
黒髪の冒険者。
ビルセイヤ。
「負けませんわ!」
木剣を握り直す。
「ビルセイヤ様に会うためですもの!」
ウィルは頭を抱えた。
妹は本当に重症だった。
◇◇◇
こうして。
シーサスでは、英雄への道を歩み始めた青年が。
王都では、恋する王女が。
それぞれの未来へ向かって歩き始めていた。
運命の歯車は、少しずつ回り始める。
まだ誰も知らない。
彼らがやがて、世界を揺るがす英雄譚の中心になることを。
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第一章 第二十二話
勝利の代償
――続く。




