第二十一話 ゴブリンジェネラル
森の奥に広がるゴブリンの巣。
その中心に立つ巨大な魔物を前に、ビルセイヤたちは言葉を失っていた。
ゴブリンジェネラル。
群れを統べる王。
通常のゴブリンとは存在そのものが違う。
◇◇◇
二メートルを超える巨体。
盛り上がった筋肉。
全身に刻まれた無数の傷跡。
そして手に握られた巨大な棍棒。
その姿は、まるで幾多の戦場を生き抜いてきた歴戦の戦士のようだった。
ただ立っているだけなのに圧迫感がある。
強い。
それが一目で分かった。
◇◇◇
「ビルセイヤさん……」
セシリアが小さく呟く。
声は落ち着いている。
だが表情は硬かった。
「撤退しますか?」
当然の判断だった。
相手は異常な規模の群れ。
ゴブリンだけでも五十体以上。
さらにゴブリンリーダー。
そしてゴブリンジェネラル。
調査依頼の範囲を完全に超えている。
◇◇◇
ビルセイヤは視線を森の向こうへ向けた。
この先には辺境の村がある。
さらにその先にはシーサス。
もしこの群れが動けばどうなるか。
想像するまでもない。
村は壊滅する。
シーサスにも被害が出るだろう。
◇◇◇
「本来なら撤退が正解だ」
ビルセイヤは静かに言った。
冒険者としては当然の判断。
情報を持ち帰り、大規模討伐隊を編成するべき案件だ。
だが。
「時間がないかもしれない」
ゴブリンジェネラルがいる。
あれほどの存在が率いる群れがいつ動き出すか分からない。
◇◇◇
その時だった。
ゴブリンジェネラルがゆっくりと棍棒を持ち上げた。
嫌な予感が走る。
そして――
ドォォォォン!!
地面へ叩き付けた。
轟音が森全体へ響き渡る。
◇◇◇
「ギギギィィ!!」
「ギャアアアア!!」
ゴブリンたちが一斉に雄叫びを上げた。
それは歓声ではない。
命令だった。
王から兵への命令。
◇◇◇
「来るぞ!」
ビルセイヤが叫ぶ。
次の瞬間。
数十体のゴブリンが一斉に突撃してきた。
地面が揺れる。
土煙が舞い上がる。
まるで小さな軍勢だった。
◇◇◇
「風よ!」
エミリアが即座に詠唱する。
「ウィンドカッター!」
風の刃が空を裂く。
先頭を走っていたゴブリンたちへ直撃した。
鮮血が舞う。
数体が倒れる。
しかし。
止まらない。
◇◇◇
多すぎる。
倒しても倒しても後ろから現れる。
まるで波だ。
◇◇◇
「セシリア!」
「はい!」
二人が同時に前へ出る。
ビルセイヤが右。
セシリアが左。
自然と役割が決まっていた。
◇◇◇
ビルセイヤが剣を振るう。
一体。
二体。
三体。
次々とゴブリンが倒れていく。
無駄な動きはない。
最小限の力で最大限の結果を出す。
剣道で培った身体操作。
実戦で磨かれた判断力。
その全てが剣へ宿っていた。
◇◇◇
「はあああっ!」
セシリアも負けていない。
片手剣を振るいながら前進する。
以前の彼女なら力任せだった。
だが今は違う。
踏み込み。
重心移動。
剣筋。
ビルセイヤとの訓練によって着実に成長していた。
◇◇◇
それでも。
数が多すぎる。
「くっ……!」
セシリアが息を吐く。
一対一なら問題ない。
だが相手は数十体。
包囲されれば終わる。
◇◇◇
その瞬間だった。
一体のゴブリンが死角から飛び出した。
石斧を振り上げる。
セシリアが気付くのは一瞬遅かった。
「しまっ――!」
◇◇◇
ガキィン!
鋭い金属音が響く。
ビルセイヤだった。
割り込んだ剣が石斧を弾き飛ばす。
◇◇◇
「集中しろ!」
「す、すみません!」
あと少し遅れていたら危なかった。
セシリアも冷や汗を流す。
◇◇◇
ビルセイヤは周囲を見渡した。
状況は良くない。
押し返しているように見えるが、数の差は埋まらない。
長引けば不利になる。
◇◇◇
その時だった。
脳裏に昔の記憶が蘇る。
剣を教えてくれた師の言葉。
◇◇◇
『剣術は〇人術だ』
『どれほど綺麗事を並べても、それが本質だ』
『刀を用いて合理的に相手を制し、自ら生き残る』
『それが剣の理だ』
◇◇◇
呼吸を整える。
雑念を消す。
世界が静かになる。
視界が研ぎ澄まされる。
ゴブリンたちの動きが見えた。
流れが見えた。
隙が見えた。
◇◇◇
「セシリア!」
「はい!」
「前を開ける!」
ビルセイヤが地面を蹴る。
◇◇◇
速い。
自分でも驚くほど速かった。
ゴブリンたちの間を駆け抜ける。
剣が閃く。
横薙ぎ。
袈裟斬り。
突き。
◇◇◇
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
六体。
七体。
瞬く間に薙ぎ倒す。
◇◇◇
ゴブリンたちが怯む。
その瞬間をエミリアは見逃さなかった。
「エアー・ウォール!」
風の壁が出現する。
ゴブリンたちの突撃を阻む。
ようやく呼吸を整える時間が生まれた。
◇◇◇
しかし。
問題は終わっていない。
むしろ始まったばかりだった。
◇◇◇
ゴブリンリーダーが前へ出る。
鉄の剣を抜いた。
普通のゴブリンとは明らかに違う。
構えに迷いがない。
戦士だ。
◇◇◇
そして。
その後ろ。
ゴブリンジェネラルはまだ動いていない。
ただ見ているだけだ。
まるで彼らの力を試しているかのように。
◇◇◇
「ビルセイヤさん……」
エミリアの声が僅かに震える。
「まだ本気を出していません」
その言葉に背筋が冷たくなる。
◇◇◇
確かにそうだった。
ゴブリンジェネラルはまだ一歩も動いていない。
余裕がある。
圧倒的な余裕が。
◇◇◇
ビルセイヤは剣を握り直した。
ここからが本番だ。
この戦いを越えた先に。
もっと強い自分がいる。
そんな確信があった。
◇◇◇
ゴブリンリーダーが剣を構える。
ビルセイヤも構える。
距離は二十メートル。
互いの視線がぶつかる。
◇◇◇
そして次の瞬間――
二人は同時に地面を蹴った。
第一章 第二十一話
「ゴブリンジェネラル」
――続く。




