第二十話 ゴブリンの巣
シーサスを出発して約一時間。
ビルセイヤたちは、フォレスト草原東部へ到着していた。
どこまでも続く緑の草原。
その先には、広大な森が広がっている。
本来なら薬草採取を行う冒険者や、辺境の村へ向かう商人たちの姿が見られる場所だ。
だが、今日の空気は明らかに違っていた。
◇◇◇
「静かですね……」
エミリアが周囲を見渡しながら呟く。
エルフ特有の長い耳が、微かに動いていた。
森の異変を探っているのだろう。
ビルセイヤも、同じ違和感を覚えていた。
鳥の鳴き声が聞こえない。
小動物の気配もない。
風が草を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。
「魔物が増えると、こうなるのか」
ビルセイヤは地面へ視線を落とした。
足跡がある。
小さく、歪な形。
ゴブリンの足跡だった。
しかも一つや二つではない。
無数にある。
「かなりの数が移動しているな」
足跡は、森の奥へ続いていた。
◇◇◇
「追いますか?」
セシリアが片手剣の柄へ手をかける。
以前より、頼もしい表情になっていた。
オーク討伐を経験したことで、自信がついたのだろう。
「ああ」
ビルセイヤは頷く。
「だが慎重にな。今回の依頼は調査だ」
「討伐ではない、ですね」
「そうだ。危険だと判断したら撤退する」
冒険者にとって、無謀と勇敢は別物だ。
生きて情報を持ち帰ることも、立派な仕事である。
三人は互いに頷き合い、森へ足を踏み入れた。
◇◇◇
木々が空を覆い隠す。
昼間だというのに、森の中は薄暗かった。
湿った土の匂い。
草木の香り。
そして、微かに混じる獣臭。
ゴブリン特有の臭いだった。
しばらく進んだところで、エミリアが立ち止まる。
目を閉じ、耳を澄ませた。
「前方です」
静かな声だった。
「反応があります」
「数は?」
ビルセイヤが尋ねる。
エミリアは少し集中したあと、答えた。
「七体ほどです」
それなら、十分対処可能だ。
「行くぞ」
◇◇◇
三人は慎重に前進する。
やがて、開けた場所へ出た。
そこにいた。
ゴブリン。
全部で七体。
棍棒を持つ者。
石斧を持つ者。
粗末な武器を手にした魔物たち。
「ギギッ!」
ゴブリンがこちらに気づく。
黄色い目がぎらりと光った。
次の瞬間、戦闘が始まる。
◇◇◇
ビルセイヤは地面を蹴った。
速い。
以前より、明らかに速かった。
オークジェネラルとの戦い。
日々の鍛錬。
鍛冶仕事で鍛えられた身体。
そして、積み重ねた実戦経験。
その全てが、力になっている。
ロングソードが閃いた。
一体目。
首を斬り飛ばす。
返す刀で二体目。
胸を貫く。
三体目。
横薙ぎの一撃で吹き飛ばした。
無駄がない。
流れるような連撃だった。
◇◇◇
「はああっ!」
セシリアも突撃する。
片手剣が、ゴブリンの肩口を深く斬り裂いた。
以前なら力任せだった。
だが、今は違う。
重心移動。
踏み込み。
剣筋。
全てが、少しずつ洗練され始めている。
「ウィンドカッター!」
エミリアの魔法が発動する。
風の刃が空を切り、ゴブリンの腕を飛ばした。
「ギャアアア!」
悲鳴が響く。
そこへセシリアが追撃する。
一閃。
魔物は崩れ落ちた。
◇◇◇
戦闘は一分もかからなかった。
ゴブリン七体。
全滅。
三人とも、大きな怪我はない。
「私たち、強くなってますね」
セシリアが嬉しそうに笑う。
ビルセイヤも頷いた。
「ああ」
間違いなく成長している。
少し前なら、もっと慎重に立ち回る必要があった数だ。
今は冷静に対処できている。
だが。
エミリアだけは、浮かない顔をしていた。
「どうした?」
ビルセイヤが尋ねる。
エミリアは森の奥を見つめている。
その表情は険しかった。
「変です」
静かな声だった。
「何がだ?」
「数が合いません」
ビルセイヤの表情が変わる。
嫌な予感がした。
「この辺りに残っている気配が、多すぎます」
エミリアは耳を澄ませる。
そして、ゆっくりと告げた。
「まだいます。かなりの数です」
◇◇◇
その時だった。
風に乗って声が聞こえてくる。
ギギギギ!
ギャギャギャ!
ゴブリンの鳴き声。
一体や二体ではない。
数十体。
それ以上。
三人は顔を見合わせた。
嫌な予感が現実になる。
そして、森を抜けた先で――その光景を目にした。
◇◇◇
「……嘘だろ」
セシリアが呟く。
ビルセイヤも思わず息を呑んだ。
森の奥。
巨大な洞窟。
そして、その周囲には無数のゴブリンがいた。
二十体ではない。
三十体でもない。
四十体。
五十体。
いや、それ以上。
まるで軍隊だった。
「巣……」
エミリアが呟く。
ゴブリンの集落。
いや、それ以上の規模だ。
その時、洞窟の前に立つ一体へ視線が向いた。
普通のゴブリンより一回り大きい。
筋肉質な身体。
鉄製の剣。
鋭い眼光。
「ゴブリンリーダー……」
セシリアが低く呟く。
群れを率いる上位種。
普通のゴブリンとは危険度が違う。
しかし、本当の脅威は別にいた。
◇◇◇
洞窟の奥から、重い足音が響く。
ドスン。
ドスン。
ドスン。
地面が震える。
そして、巨大な影が姿を現した。
二メートル近い巨体。
盛り上がった筋肉。
全身に刻まれた傷跡。
手には巨大な棍棒。
セシリアの顔が青ざめる。
「まさか……」
ビルセイヤも表情を引き締めた。
知っている。
あの魔物を。
「ゴブリンジェネラル……」
群れを統べる王。
ゴブリンたちの頂点に立つ存在。
通常の調査依頼で出現するような相手ではない。
◇◇◇
これは、ただの調査依頼ではなかった。
ゴブリンの異常繁殖。
大規模な群れの形成。
そして上位種の存在。
放置すれば辺境の村どころか、シーサスそのものが危険に晒される。
その時。
ゴブリンジェネラルがこちらを見た。
赤黒い瞳が光る。
知性を感じさせる眼差しだった。
そして、ゆっくりと口を開く。
「グルルルルル……」
低い唸り声。
その声だけで、周囲のゴブリンたちが一斉に動きを止めた。
まるで、王の命令を待つ兵士のように。
◇◇◇
ビルセイヤは剣の柄を握る。
セシリアも剣を構える。
エミリアは、静かに魔力を練り始めた。
調査依頼は、もう終わった。
ここから先は、撤退して情報を持ち帰るべき状況だ。
だが、相手がこちらを見つけた以上、ただ背を向けるわけにもいかない。
ビルセイヤは低く告げる。
「無理に倒そうとするな」
「はい」
「分かっています」
「目的は生きて帰ることだ」
二人が頷く。
そして、ゴブリンジェネラルが棍棒を持ち上げた。
次の瞬間。
無数のゴブリンが牙を剥く。
調査依頼は終わった。
今、彼らの目の前にあるのは――シーサスを守るための戦いだった。
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第一章 第二十話
ゴブリンの巣
――続く。




