第二百七話 ガイア山脈への第一歩
翌朝――。
宿場町は朝霧に包まれていた。
石畳には露が光り、商人たちは荷馬車へ荷物を積み込み始めている。
ビルセイヤたちも旅支度を終え、冒険者ギルドの前へ集まっていた。
「忘れ物はない?」
セシリアが荷物を確認する。
「大丈夫です。」
エミリアは矢筒を背負い直し、小さく微笑んだ。
フィリアは地図と地脈探知杖を丁寧に布で包み、腰の革袋へ収める。
ツバサは愛剣を軽く抜き、刃こぼれがないことを確かめると鞘へ戻した。
「準備万端だな。」
最後にビルセイヤが白枝を腰へ差し直す。
その刀身は鞘の中にあっても、どこか穏やかな気配を放っていた。
◇ ◇ ◇
ギルドの玄関では、ガドルと受付嬢レイナが待っていた。
「もう行くのか。」
ガドルが腕を組みながら尋ねる。
「はい。」
ビルセイヤは力強く頷く。
「一刻も早く地霊樹へ向かわなければなりません。」
「そうだろうな。」
ガドルは懐から一枚の革製の通行証を取り出した。
「これは山岳監視隊の通行証だ。」
「途中にある砦で提示すれば通してもらえる。」
「ありがとうございます。」
「それと……。」
ガドルは真剣な眼差しを向ける。
「ガイア山脈へ入ったら、決して無理はするな。」
「近頃の異変は、私が知る限り過去最悪だ。」
「はい。」
ビルセイヤは静かに頭を下げた。
◇ ◇ ◇
町を出発して数時間。
街道は徐々に上り坂となり、平原は岩場の多い地形へ変わっていく。
遠くには巨大な山々が連なっていた。
「あれが……。」
リシアが見上げる。
「ガイア山脈。」
山頂は雲へ隠れ、その全貌は見えない。
まるで世界を支える巨大な壁のようだった。
「大きい……。」
ツバサも思わず息を呑む。
「これほどの山脈は初めて見る。」
その時だった。
フィリアが立ち止まる。
「皆さん……。」
手にした地脈探知杖の琥珀色の宝石が淡く光り始めていた。
「反応があります。」
ビルセイヤも周囲へ視線を巡らせる。
「地霊樹か?」
「いえ。」
フィリアは首を横へ振った。
「もっと手前です。」
地面の下から、脈打つような魔力を感じる。
それは大地そのものの鼓動にも似ていた。
エミリアも静かに目を閉じる。
「土の精霊たちが集まっています。」
「でも……。」
「何かを恐れています。」
その瞬間――。
ズズンッ!
大地が大きく揺れた。
「きゃっ!」
リシアがよろめき、セシリアがすぐに支える。
「大丈夫?」
「は、はい……。」
揺れはすぐ収まったが、山の奥から低いうなり声のような音が響いてくる。
ゴォォォォ……。
風ではない。
獣でもない。
まるで山そのものが唸っているようだった。
ツバサが剣の柄へ手を掛ける。
「何だ、この音……。」
ビルセイヤは静かに耳を澄ませる。
そして白枝へ手を添えた瞬間、刀が微かに震えた。
「白枝……?」
神代の英雄アークレイドから受け継いだ刀が、自ら反応している。
それは危険を知らせる警鐘のようでもあり、導こうとする意志のようでもあった。
その時、フィリアが地脈探知杖を前へ向ける。
杖の先端から一本の金色の光が伸び、街道を外れた森の中を指し示した。
「道が……現れました。」
昨日まで何もなかった場所。
そこには古い石畳が木々の間から姿を現している。
「隠し道……。」
エミリアが驚きの声を上げる。
「神代の結界が、一時的に開いたのでしょう。」
フィリアは静かに頷いた。
「地脈探知杖が共鳴しています。」
「きっと、この先に地霊樹へ続く道があります。」
ビルセイヤは仲間たちを見渡した。
「行こう。」
「ここから先は、神代の領域だ。」
全員が力強く頷く。
一歩、また一歩と石畳を踏みしめるたび、周囲の景色は少しずつ変化していく。
木々はより巨大になり、岩には古代文字が刻まれ、空気には神聖な魔力が満ち始めていた。
誰もまだ知らない。
この道の先で待つ試練が、蒼天霊樹での戦いをも凌ぐ過酷なものになることを――。




