第二百六話 山の王と大地の守護者
冒険者ギルド《グランロード支部》。
ビルセイヤたちはギルドマスター・ガドルに案内され、応接室へと入った。
重厚な木製の扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように静まり返る。
壁にはこの地方一帯の地図や、歴代のギルドマスターの肖像画が飾られていた。
ガドルは椅子に腰を下ろすと、一枚の羊皮紙を机へ広げた。
「まずは、この地方の地理から説明しよう。」
羊皮紙には北西の山岳地帯が詳細に描かれている。
中央には大きく《ガイア山脈》の文字。
そのさらに奥には、誰も足を踏み入れない禁域が記されていた。
「ここが地霊樹の眠る地だ。」
ガドルの指先が、山脈の最奥を示す。
「その周囲には古代から続く結界が存在している。」
「普通の人間では辿り着けない場所だ。」
フィリアが静かに頷く。
「神代の結界……。」
「はい。」
「エアリス様がおっしゃっていたものと一致します。」
ガドルは驚いたようにフィリアを見る。
「君たちは、そこまで知っているのか。」
ビルセイヤは静かに答えた。
「蒼天霊樹を守る戦いの中で、神代の巫女エアリス様から使命を託されました。」
その言葉を聞いたガドルは深く息を吐く。
「なるほど……。」
「ならば隠す必要もない。」
彼は棚から古びた石版を取り出した。
表面には、巨大な岩のような獣が刻まれている。
「これが『山の王』だ。」
リシアが息を呑む。
「大きい……。」
石版に描かれた魔物は、小さな山ほどもある巨体を持ち、その背には木々が生い茂り、頭部には角のような岩が突き出していた。
「神話では《ガイアロード》とも呼ばれている。」
「大地を司る守護獣だ。」
セシリアが眉をひそめる。
「守護獣……なのに、人を襲うの?」
ガドルは静かに首を振った。
「本来は違う。」
「山の王は、人を襲う存在ではない。」
「地霊樹を守るためだけに生きる存在だ。」
その一言に、ビルセイヤは確信する。
「つまり……。」
「何者かに操られている。」
「その可能性が高い。」
ガドルは頷いた。
「ここ数日の目撃情報では、山の王は狂ったように山を歩き回っている。」
「行く先々で地鳴りが起こり、岩石型魔物まで現れるようになった。」
エミリアは静かに目を閉じる。
周囲の精霊たちへ意識を向けると、小さな土の精霊たちの悲しげな声が聞こえてきた。
『苦しい……。』
『助けて……。』
『お母さんが泣いている……。』
エミリアは目を開けた。
「間違いありません。」
「大地の精霊たちが助けを求めています。」
フィリアも神妙な面持ちで言う。
「地霊樹そのものが穢され始めています。」
部屋の空気が重くなる。
ビルセイヤは静かに白枝へ手を添えた。
蒼天霊樹での戦いを思い出す。
あの時も守護者は敵ではなかった。
救うべき存在だった。
「俺たちがやることは変わらない。」
仲間たちがビルセイヤを見る。
「倒すことじゃない。」
「救うことだ。」
セシリアは力強く頷いた。
「ええ。」
「命を守るための剣。」
ツバサは笑みを浮かべる。
「それが飛天御剣流なんだろ。」
「ああ。」
ビルセイヤは静かに答える。
「守護獣も、精霊も、人も。」
「全部守る。」
ガドルはしばらく黙っていたが、やがて大きく笑った。
「はっはっは!」
「その言葉を聞いて安心した。」
「もし山の王を討伐するつもりなら、私は君たちを止めていただろう。」
ガドルは立ち上がり、部屋の隅に立て掛けられていた一本の古い杖を手に取る。
杖の先には琥珀色の鉱石が埋め込まれていた。
「これは《地脈探知杖》。」
「大地の魔力の流れを感知する古代魔道具だ。」
彼はそれをビルセイヤへ差し出す。
「地霊樹へ向かう道は、普通の地図では見つからない。」
「だが、この杖があれば、地脈に沿って進める。」
ビルセイヤは両手で受け取り、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「必ず、地霊樹も山の王も救ってみせます。」
ガドルは満足そうに頷いた。
「期待している。」
「神代から続く守護の意思を継ぐ者たちよ。」
窓の外では、再び低い地鳴りが響き始めていた。
地霊樹を蝕む闇は、一刻の猶予も与えてはくれない。
翌朝、ビルセイヤたちはガイア山脈へ向け、新たな戦いの地へと旅立つのだった。




