第二百五話 地霊樹への道標
翌朝。
宿場町は、朝早くから多くの旅人や商人で賑わっていた。
しかし、その表情はどこか晴れない。
北西方面へ向かう荷馬車は少なく、逆に戻ってくる商隊の姿ばかりが目立っていた。
「やっぱり異変は本当みたいね。」
セシリアが周囲を見回しながら呟く。
「ああ。」
ビルセイヤは町の様子を観察していた。
人々は皆、同じ話をしている。
地鳴り。
崖崩れ。
突然現れる巨大な岩。
そして、北西へ行った冒険者が戻らないという噂。
「まずは情報だ。」
「冒険者ギルドへ行こう。」
一行は町の中心にある石造りの建物へ向かった。
入口には、二本の剣と盾を組み合わせた紋章。
宿場町グランロード冒険者ギルドである。
◇ ◇ ◇
ギルドへ入ると、多くの冒険者が依頼書の前で議論していた。
受付の女性は、ビルセイヤたちを見るなり少し驚いた表情を浮かべる。
「皆さん……北から来られたのですか?」
「ええ。」
ビルセイヤが答える。
「スノリア村からです。」
「まさか……。」
受付嬢は目を丸くした。
「あの村へ続く街道は閉鎖されたと聞いていました。」
「途中で異変はありましたが、無事に抜けてきました。」
その言葉を聞いたギルド内がざわつく。
「本当に突破したのか?」
「かなり腕の立つ冒険者だな……。」
周囲から感嘆の声が漏れる。
受付嬢は姿勢を正した。
「失礼しました。」
「私は受付係のレイナです。」
「本日はどのようなご用件でしょうか。」
「北西の異変について教えてください。」
ビルセイヤの言葉に、レイナの表情が真剣になる。
「……分かりました。」
彼女は一枚の地図を机へ広げた。
「異変が始まったのは、およそ十日前です。」
地図の北西部を指差す。
「この《ガイア渓谷》付近で最初の地鳴りが確認されました。」
「それ以降、地震が日に何度も発生しています。」
「さらに――」
別の印を指差す。
「ここでは巨大な岩石型魔物。」
「ここでは地面から突然現れた魔物。」
「ここでは商隊が消息を絶っています。」
ツバサが腕を組む。
「全部、地霊樹へ続く街道だな。」
「はい。」
レイナは重々しく頷いた。
「王国も調査隊を送りましたが、戻ってきた者はいません。」
空気が重くなる。
エミリアが静かに尋ねた。
「精霊の気配は?」
「申し訳ありません。」
「そこまでは……。」
その時だった。
ギルド奥の扉がゆっくり開く。
「その話なら、私が説明しよう。」
低く落ち着いた声が響く。
現れたのは、褐色の肌に白髪交じりの髪を持つ壮年の男性だった。
身長は二メートル近く。
背中には巨大な戦斧を背負っている。
その堂々とした姿に、ギルド内の冒険者たちが一斉に道を開けた。
「ギルドマスター!」
レイナが頭を下げる。
男はゆっくりとビルセイヤたちの前へ歩み寄った。
「私はこの町の冒険者ギルドマスター、ガドルだ。」
鋭い眼差しで一行を見渡す。
「スノリア村を救った冒険者たち……その噂は、すでにここまで届いている。」
ビルセイヤは軽く会釈した。
「噂になるほどのことではありません。」
その謙虚な言葉に、ガドルは豪快に笑う。
「はっはっはっ!」
「強者ほど自分を誇らぬものだ。」
そして笑みを収め、真剣な表情へ変わる。
「君たちが目指しているのは、地霊樹だろう。」
ビルセイヤは頷く。
「はい。」
「ならば、一つ忠告しておこう。」
ガドルは地図のさらに北西――山脈の奥深くを指差した。
「今、あの地では『山の王』が目覚めたという噂が流れている。」
「ただの魔物ではない。」
「古き神代より眠り続けた存在だと言われている。」
その場の空気が静まり返る。
ビルセイヤは白枝の柄にそっと手を添えた。
神代の巫女エアリスが語った言葉。
四霊樹を蝕む異変。
蛇の牙の暗躍。
そして今、新たに現れた"山の王"。
すべてが一本の線で繋がろうとしていた。
「ガドルさん。」
ビルセイヤは真っ直ぐにギルドマスターを見据える。
「詳しい話を、お聞かせください。」
ガドルは静かに頷き、応接室へ案内するよう一行へ手を差し伸べた。
地霊樹を巡る戦いは、新たな局面へと足を踏み入れようとしていた。




