第二百四話 大地が告げる異変
スノリア村を旅立って三日。
ビルセイヤたちは北西へ続く街道を進んでいた。
蒼天霊樹を離れても、風はどこか穏やかだった。
時折、小さな風精霊たちが姿を現し、一行の周囲を楽しそうに飛び回る。
「シルフィ様が見守ってくださっているのでしょうね。」
フィリアが微笑みながら空を見上げる。
「ああ。」
ビルセイヤも頷いた。
懐には、旅立ちの日にシルフィから授かった蒼天霊樹の葉が大切にしまわれている。
風が吹くたびに、その葉は淡く輝きを放っていた。
◇ ◇ ◇
街道脇の草原。
昼食を終えた一行は、小高い丘の上から広大な平原を見渡していた。
「気持ちのいい景色ね。」
セシリアが深呼吸をする。
遠くには山々が連なり、その麓にはいくつもの村が点在していた。
畑では農民たちが働き、家畜がのんびりと草を食んでいる。
平和そのものの光景だった。
しかし――。
エミリアがふと眉をひそめる。
「……何か変です。」
「どうした?」
ビルセイヤが尋ねる。
「精霊たちが……ざわついています。」
耳を澄ませるように目を閉じたエミリアは、不安そうな表情を浮かべた。
「風ではありません。」
「土の精霊たちです。」
その言葉に、フィリアも魔力を巡らせる。
「確かに……。」
「大地の流れが乱れています。」
ビルセイヤは静かに地面へ手を触れた。
すると、掌から伝わる微かな振動。
まるで大地そのものが苦しんでいるかのようだった。
「これは……。」
ツバサもしゃがみ込み、地面を見つめる。
「地震じゃないな。」
「ああ。」
ビルセイヤは立ち上がる。
「何かが、大地の奥で動いている。」
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ……。
低い地鳴りが響く。
丘全体が小さく揺れ、遠くの森から一斉に鳥たちが飛び立った。
「来る!」
セシリアが盾を構える。
しかし揺れはすぐに収まり、静寂が戻る。
「今のは……。」
リシアが不安そうにビルセイヤを見る。
「大丈夫だ。」
そう答えながらも、ビルセイヤの表情は険しかった。
蒼天霊樹で感じた穢れとは違う。
もっと重く、深く、地中から湧き上がるような禍々しい気配だった。
◇ ◇ ◇
その日の夕暮れ。
一行は街道沿いの宿場町へ到着した。
町の門前には、多くの旅人や商人が集まり、どこか落ち着かない様子で話し合っている。
「何かあったんですか?」
ビルセイヤが荷馬車の商人へ尋ねる。
商人は困り果てたように首を振った。
「三日前から、この辺りで地鳴りが続いているんだ。」
「最初は小さな揺れだったが、日に日に酷くなっている。」
「しかも、北西へ向かった商隊が何組も戻ってこない。」
その言葉に、一同の表情が引き締まる。
「北西……。」
フィリアが呟く。
それは、まさに地霊樹が存在する方角だった。
「ほかにも妙な話がある。」
商人は声を潜める。
「山が動いた、と言う者がいる。」
「岩が歩き出した、と言う者もいる。」
「最初は酒場の冗談だと思っていたが……帰ってきた冒険者が同じことを口にした。」
ツバサが腕を組む。
「岩が歩く、か。」
「魔物か、それとも……。」
ビルセイヤは静かに空を見上げた。
夕日に染まる北西の空。
その彼方には、次なる目的地――地霊樹がある。
蛇の牙は、すでに動き始めているのかもしれない。
彼は仲間たちを見渡し、静かに告げた。
「明日の朝、この町で情報を集めよう。」
「地霊樹への道は、思っていた以上に険しい旅になりそうだ。」
誰も異論はなかった。
世界を支える四霊樹。
その二本目を守るための戦いが、静かに幕を開けようとしていた。




