第二百三話 旅立ちを告げる風
蒼天霊樹の祝福から二日。
スノリア村には、かつての静けさと活気が戻っていた。
子どもたちは広場を駆け回り、大人たちは畑や家屋の修復に汗を流す。
村を覆っていた不安は消え、誰もが穏やかな笑顔を浮かべていた。
「やっぱり、この村には笑顔が似合いますね。」
エミリアが嬉しそうに呟く。
「ああ。」
ビルセイヤも頷いた。
あの黒い瘴気に覆われていた景色が嘘のようだった。
すると、広場の向こうからリシアが駆け寄ってくる。
「ビルセイヤさん!」
息を切らしながら立ち止まると、胸に抱えていた小さな籠を差し出した。
「これ……みんなで作ったんです。」
籠の中には、焼きたてのパンや干し肉、木の実、保存の利く薬草茶が丁寧に詰められていた。
「旅のお弁当です!」
リシアは少し照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます。」
ビルセイヤは両手で籠を受け取った。
「大切にいただきます。」
その様子を見ていたセシリアも優しく微笑む。
「本当に元気になったわね。」
「はい!」
リシアは力強く頷いた。
「今度は私も、村を守れる人になりたいです!」
その言葉に、フィリアが少女の頭をそっと撫でる。
「その気持ちがあれば、きっとなれます。」
「焦らず、一歩ずつ進んでください。」
「はい!」
その返事には、もう以前の不安げな響きはなかった。
◇ ◇ ◇
村の入口では、村人たちが一列に並んでいた。
族長をはじめ、多くの人々がビルセイヤたちを見送りに集まっている。
「皆様、本当にありがとうございました。」
族長は深く頭を下げる。
「あなた方が来てくださらなければ、この村も、蒼天霊樹も救われることはありませんでした。」
「頭を上げてください。」
ビルセイヤは穏やかに答えた。
「俺たちは、自分たちにできることをしただけです。」
「それでも……。」
族長は目を潤ませながら言葉を続ける。
「あなた方は、この村の恩人です。」
村人たちも一斉に頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「どうか、お元気で!」
「また遊びに来てください!」
温かな声が次々と飛び交う。
ツバサは照れくさそうに頭をかき、
「こういうのは……慣れないな。」
と苦笑した。
セシリアも小さく笑う。
「でも、それだけ私たちが頑張った証拠よ。」
その時――。
ふわり、と一陣の風が吹き抜けた。
見上げると、小さな風精霊たちが空を舞っている。
「シルフィ様だ……!」
誰かが呟く。
風に乗って、一枚の青い葉がビルセイヤの前へ舞い降りた。
それは蒼天霊樹の葉だった。
葉は淡く輝き、優しい風をまとっている。
ビルセイヤがそっと手に取ると、どこからともなくシルフィの声が聞こえた。
『旅人よ。』
『この葉は、私たち精霊との約束の証。』
『風はいつでも、あなたたちと共にあります。』
声は風と共に静かに消えていく。
ビルセイヤは葉を大切に懐へしまった。
「ありがとう、シルフィ。」
◇ ◇ ◇
荷物を整えた一行は、村の外れへと歩き出す。
目的地は北西――地霊樹。
そこにも、蛇の牙の魔の手が迫っている。
振り返ると、スノリア村の人々がいつまでも手を振っていた。
リシアも、大きく両手を振りながら叫ぶ。
「また会いましょう!」
「次に会う時は、もっと強くなっています!」
ビルセイヤは笑顔で手を振り返す。
「ああ。」
「その時を楽しみにしている。」
仲間たちも微笑みながら歩みを進める。
蒼天霊樹の枝葉が風に揺れ、その音色はまるで旅立ちを祝福する歌のようだった。
こうして一行は、新たな使命を胸に、次なる霊樹を目指して歩き始める。
世界を守る旅は、まだ始まったばかりだった。




