第二百二話 神代の地図
蒼天霊樹の祝福を受けた翌朝。
スノリアの森には、久しく聞かれることのなかった鳥たちのさえずりが響いていた。
柔らかな風が木々を揺らし、朝日を浴びた葉は宝石のように輝いている。
「本当に……森が戻ったんですね。」
リシアは嬉しそうに辺りを見回した。
「ええ。」
エミリアも優しく微笑む。
「精霊たちも、とても嬉しそうです。」
小さな風の精霊たちが、仲間たちの周囲を楽しそうに飛び回っていた。
そんな穏やかな空気の中、エアリスは蒼天霊樹の根元に立ち、静かに一枚の古びた石板を両手で抱えていた。
「ビルセイヤ。」
「はい。」
「こちらへ。」
仲間たちも集まり、石板を囲む。
表面には神代文字が刻まれており、その中央には四本の巨大な樹が描かれていた。
「これは……。」
フィリアが息を呑む。
「神代の地図です。」
エアリスは静かに頷いた。
「神々が世界を創世した時代に作られたもの。」
「四霊樹の位置と、それぞれを結ぶ霊脈が記されています。」
光が石板全体を包む。
すると、刻まれた紋様が立体的な光となり、仲間たちの目の前に世界地図が浮かび上がった。
「すごい……。」
ツバサが思わず声を漏らす。
現在地である蒼天霊樹が淡く輝いている。
そこから三方向へ光の線が伸びていた。
「残る三本……。」
ビルセイヤは静かに呟く。
北西。
南方。
そして東。
三つの巨大な光が世界の各地で脈打っている。
エアリスは一本ずつ指差した。
「北西にあるのが、大地を司る『地霊樹』。」
「南方に眠るのが、生命を司る『聖霊樹』。」
「東方にそびえるのが、炎を司る『炎霊樹』。」
フィリアが真剣な表情になる。
「四霊樹が世界の均衡を保っている……。」
「はい。」
エアリスは静かに続けた。
「一つでも完全に穢されれば、大地や風、水、炎の循環は崩れ始めます。」
「やがて世界そのものが滅びへ向かうでしょう。」
誰も言葉を発しなかった。
今まで旅してきた世界。
王都アルティア。
ガルディア。
スノリア村。
その全てが、四霊樹によって支えられていたのだ。
「蛇の牙は、その均衡を壊そうとしているのですね。」
セシリアが静かに言う。
「その通りです。」
エアリスは頷いた。
「彼らの狙いは四霊樹の力だけではありません。」
「神代に封印された、さらに大きな災厄を復活させようとしています。」
その言葉に、場の空気が一変した。
「災厄……。」
ビルセイヤが問い返す。
エアリスは少しだけ目を伏せた。
「今はまだ、その時ではありません。」
「ですが、あなた方はいずれ真実を知ることになります。」
石板の光が静かに収まる。
代わりに、一つの印が淡く輝き始めた。
北西――地霊樹。
「次に向かう場所は決まりました。」
フィリアが静かに言う。
「ええ。」
ビルセイヤは力強く頷いた。
「次は地霊樹だ。」
その瞬間、小さな風精霊たちが一斉に舞い上がる。
まるで新たな旅立ちを祝福するように。
エアリスは仲間たちを見渡し、優しく微笑んだ。
「神代の希望は、あなた方へ託されました。」
「どうか、その剣で世界を守ってください。」
ビルセイヤは腰の刀――《白枝》へ静かに手を添える。
命を奪うためではない。
命を守るための剣。
飛天御剣流の理念を胸に、仲間たちと共に新たな目的地へ歩き始める。
四霊樹を巡る旅は、ここからさらに大きな運命へと繋がっていくのだった。




