第二百話 風精霊の解放
《アビス・ガーディアン》の胸部装甲がゆっくりと開く。
ギギギギ……。
その奥で、蒼く淡い光が震えていた。
それは黒い魔石ではない。
一人の幼い風の精霊だった。
透明な羽を持ち、両手首と両足首を黒い鎖で縛られ、小さな身体を苦しそうに震わせている。
「そんな……。」
フィリアの瞳に涙が浮かぶ。
「この子が……。」
「ずっと利用されていたんですね。」
◇◇◇
エアリスは胸元へ手を当て、静かに目を閉じた。
「その子は……。」
「《シルフィ》。蒼天霊樹と共に生まれた最初の風の精霊です。」
エミリアが驚く。
「最初の……精霊?」
「はい。」
エアリスは頷く。
「蒼天霊樹の意思を風へ伝え、風の流れを世界へ巡らせる、大切な存在。」
ヴァルグラムも低く唸る。
『だから守護者は動けたのだ。』
『霊樹の力ではなく、精霊の力を奪っていたのである。』
◇◇◇
シルフィは苦しそうに顔を上げた。
小さな瞳がビルセイヤを見る。
「……たす……け……て。」
か細い声。
それだけで十分だった。
ビルセイヤは静かに白枝を構える。
「必ず助ける。」
◇◇◇
「セシリア!」
「任せて!」
大盾を構え、《アビス・ガーディアン》の前へ立つ。
ドォォン!
巨大な刃を盾で受け止める。
「ぐっ……!」
膝が沈む。
だが、退かない。
「ここは通さない!」
◇◇◇
「援護します!」
エミリアの風魔法が巨人の足元を切り裂く。
フィリアは聖魔法を重ねる。
「《ホーリーサークル》!」
純白の光が巨人を包み込み、黒い蔦の再生速度を鈍らせた。
ツバサは右側から連撃を浴びせる。
「こっち向け!」
ギィン!
ギィン!
黒い鎧から火花が散る。
◇◇◇
ビルセイヤは一気に踏み込む。
飛天御剣流の歩法。
風と一体になったような動きで、巨人の懐へ潜り込む。
目の前には黒い鎖。
シルフィを縛る穢れ。
「斬る。」
その一言だけを残し、白枝が翡翠色の光を放つ。
◇◇◇
「飛天御剣流――。」
静寂。
吹いていた風さえ止まったように感じる。
「神域剣技――。」
ビルセイヤは深く息を吸う。
「《命脈断流》!」
◇◇◇
一閃。
翡翠色の光が黒い鎖だけを正確に切り裂く。
パリン!
一本。
パリン!
二本。
三本。
最後の鎖が砕け散った瞬間――。
「きゃっ!」
シルフィの身体がふわりと宙へ浮かぶ。
同時に。
《アビス・ガーディアン》が大きく震えた。
◇◇◇
「グガアアアアアッ!」
黒い鎧へ無数の亀裂が走る。
内部から蒼い光が溢れ出す。
ドォォォォォン!!
巨人は膝をつき、その巨体は黒い霧となって崩れ始めた。
「やった!」
ツバサが叫ぶ。
しかし。
ビルセイヤは首を横へ振る。
「まだだ。」
◇◇◇
崩れ落ちた黒い霧は一か所へ集まり始める。
霊樹の根元。
漆黒の核。
そこへすべて吸い込まれていく。
ドクン。
ドクン。
鼓動が先ほどより大きくなる。
エアリスの顔色が変わった。
「まずい!」
「核が!」
「力を集めています!」
◇◇◇
その時。
解放されたシルフィが、ゆっくりと空へ舞い上がった。
小さな身体から、眩い蒼い光が溢れる。
「ありがとう。」
幼い少女のような声だった。
「助けてくれて。」
シルフィは微笑みながら、ビルセイヤの前へ降り立つ。
そして、そっと彼の額へ指先を触れた。
◇◇◇
その瞬間。
ビルセイヤの意識へ、一つの光景が流れ込む。
神代。
蒼天霊樹。
エアリス。
ヴァルグラム。
そして。
一人の男。
黒い外套を纏い、蛇の仮面を着けた人物が、漆黒の結晶を霊樹へ突き立てる姿。
「……!」
ビルセイヤは目を見開く。
その男はヴェノムではない。
もっと古い。
もっと禍々しい存在だった。
◇◇◇
シルフィは静かに告げる。
「本当の敵は……。」
「まだ眠っています。」
「この核は。」
「その人が残した欠片にすぎません。」
全員が息を呑む。
ヴァルグラムも驚きを隠せなかった。
『まさか……。』
『奴がまだ……。』
蒼天霊樹を蝕む穢れ。
その背後には、蛇の牙すら操る、さらなる黒幕が存在していた。
第二章最大の謎が、静かにその姿を現そうとしていた。
――続く。




