第百九十九話 総力戦の狼煙
ズシン――。
穢れの守護者が一歩踏み出す。
その重い足音だけで聖域全体が揺れ、蒼天霊樹の枝から無数の蒼い葉が舞い散った。
黒い鎧に覆われた巨体。
両腕は巨大な刃。
胸部には漆黒の魔石が埋め込まれ、不気味な鼓動を刻んでいる。
ドクン。
ドクン。
その鼓動は、霊樹を縛る穢れの核と完全に同調していた。
◇◇◇
「胸の魔石……。」
エミリアが険しい表情になる。
「核と繋がっています。」
フィリアも魔力を探る。
「霊樹から生命力を吸い上げています!」
ビルセイヤは静かに頷いた。
「なら。」
「あの魔石を止めればいい。」
◇◇◇
「簡単に言うわね!」
セシリアが苦笑しながら盾を構える。
「でも。」
「それしか方法はなさそうね。」
ツバサは剣を肩へ担ぎ直した。
「正面突破なら任せろ。」
ビルセイヤは首を横に振る。
「いや。」
「真正面からじゃ勝てない。」
全員が彼を見る。
◇◇◇
飛天御剣流。
剣は力任せに振るうものではない。
敵を見極め。
流れを読み。
最も小さな力で勝つ。
「セシリア。」
「はい!」
「前衛を頼む。」
「任せて!」
「ツバサは右。」
「了解!」
「エミリアとフィリアは援護。」
「はい!」
「氷牙熊は左から牽制。」
守護獣は大きく咆哮した。
「グオオオオオッ!」
◇◇◇
「行くぞ!」
ビルセイヤの号令とともに、一斉に駆け出す。
最初に飛び出したのはセシリアだった。
「はああああっ!」
大盾を構え、《アビス・ガーディアン》へ一直線に突撃する。
ガァン!
巨人の刃が盾へ激突する。
凄まじい衝撃。
しかしセシリアは一歩も退かない。
「まだ……!」
「負けない!」
◇◇◇
「今だ!」
ツバサが右側から飛び込む。
鋭い連撃。
ギィン!
ギギギッ!
黒い鎧へ火花が散る。
「硬ぇ!」
しかし、その一瞬で巨人の意識は左右へ分散した。
◇◇◇
「《ウィンドランス》!」
エミリアの風槍が関節部へ突き刺さる。
続けてフィリア。
「《ホーリーランス》!」
聖なる光が黒い鎧を焼く。
ジュゥゥッ!
初めて守護者が苦しそうに身体を揺らした。
「聖属性は効いています!」
フィリアが叫ぶ。
◇◇◇
「グオオオッ!」
氷牙熊が左側から体当たりを放つ。
ドォォン!
巨大な身体同士が激突する。
守護獣は吹き飛ばされる。
しかし。
その衝撃で《アビス・ガーディアン》の体勢も崩れた。
「ありがとう!」
ビルセイヤは一気に駆け出す。
◇◇◇
飛天御剣流の歩法。
風を裂くことなく。
風と共に走る。
蒼天霊樹から吹く風が、自然と彼の身体を押していた。
サァァァ――。
風の精霊たちが集まり始める。
エアリスは驚きに目を見開いた。
「風が……。」
「ビルセイヤさんを守ってる。」
◇◇◇
あと十歩。
あと五歩。
《アビス・ガーディアン》の胸へ埋め込まれた黒い魔石が目の前に迫る。
しかし。
ギロリ。
巨人の赤い瞳がビルセイヤを捉えた。
次の瞬間。
胸の魔石が黒く輝く。
「まずい!」
エミリアが叫ぶ。
ゴォォォォォッ!!
漆黒の光線が一直線に放たれた。
◇◇◇
「ビル!」
セシリアが叫ぶ。
だが。
ビルセイヤは止まらない。
右足を半歩だけ踏み込み。
身体を僅かに捻る。
光線は紙一重で頬をかすめ、背後の岩壁を吹き飛ばした。
「避けた!?」
ツバサが目を見開く。
ビルセイヤは静かに答える。
「見えていた。」
◇◇◇
ついに懐へ入る。
白枝が翡翠色に輝いた。
だが、その瞬間。
ヴァルグラムが鋭く叫んだ。
『待て!!』
ビルセイヤの動きが止まる。
「どうした!」
『魔石を斬るな!』
『あれは核ではない!』
「何?」
全員が驚く。
ヴァルグラムは険しい声で続ける。
『本当の核は……。』
『守護者の内部だ!』
《アビス・ガーディアン》の胸部装甲がゆっくりと開き始める。
ギギギギ……。
その奥から現れたものを見て、一同は息を呑んだ。
そこには黒い結晶ではなかった。
蒼く輝く、小さな風の精霊が、黒い鎖によって縛られていたのである。
「そんな……。」
フィリアの声が震える。
「核じゃない……。」
「捕らえられた精霊だったの……。」
穢れは守護者を動かしていたのではない。
風の精霊を囚え、その力を無理やり利用していたのだ。
ビルセイヤは静かに白枝を握り直す。
斬るべきものが、ようやく見えた。
――続く。




