第百九十八話 蛇の牙幹部《ヴェノム》
漆黒の核が脈打つ。
ドクン――。
ドクン――。
その鼓動とともに、核の中に映る黒衣の男の姿が次第に鮮明になっていく。
黒い外套。
蛇を象った白銀の仮面。
そして、全身から溢れ出る禍々しい魔力。
その存在感は、これまで戦ってきた敵とは明らかに違っていた。
◇◇◇
「ここまで辿り着くとはな。」
男は低く笑った。
「白き霊樹を救い、守護獣まで浄化したか。」
「予想以上だ。」
ビルセイヤは白枝を構えたまま問い掛ける。
「お前は誰だ。」
男は仮面の奥で笑みを深める。
「蛇の牙幹部。」
「《ヴェノム》。」
その名が響いた瞬間、エアリスの表情が凍り付いた。
「蛇の牙……幹部!」
◇◇◇
ヴァルグラムの声が鋭くなる。
『気を付けろ。』
『ガイゼルより格上だ。』
ビルセイヤは静かに頷く。
確かに感じる。
目の前の男から放たれる魔力は、ガイゼルを大きく上回っていた。
それでも、不思議と恐怖はない。
白枝を握る手は、静かに、そして力強く定まっていた。
◇◇◇
ヴェノムは肩をすくめる。
「勘違いするな。」
「私はここにはいない。」
その姿がゆらりと揺れる。
「これは思念体。」
「本体は、もっと別の場所だ。」
セシリアが叫ぶ。
「思念だけで、この魔力なの!?」
エミリアも険しい表情になる。
「本体はどれほど強いんですか……。」
◇◇◇
ヴェノムは霊樹へ視線を向ける。
「実に美しい。」
「千年もの間、この世界を支えてきた風の霊樹。」
「だからこそ。」
「穢す価値がある。」
その一言に、エアリスが怒りを露わにした。
「命を……。」
「命を何だと思っているのです!」
ヴェノムは冷たく笑う。
「命?」
「それは我らが世界を書き換えるための素材に過ぎない。」
◇◇◇
その言葉を聞いた瞬間。
ビルセイヤの瞳から穏やかさが消えた。
「素材……だと?」
低い声。
怒りを押し殺した声だった。
「人も。」
「精霊も。」
「霊樹も。」
「お前にとっては利用する道具でしかないのか。」
ヴェノムは何も答えない。
ただ薄く笑っているだけだった。
◇◇◇
その姿を見て、ビルセイヤは静かに白枝を構え直す。
「飛天御剣流は。」
「弱き者を守るための剣だ。」
「苦しむ命を救うための剣だ。」
風が吹く。
蒼天霊樹の枝が静かに揺れた。
まるで、その言葉に応えるように。
◇◇◇
「面白い。」
ヴェノムは両手を広げた。
「ならば見せてもらおう。」
「その守る剣とやらを。」
次の瞬間。
ドクンッ!!
漆黒の核が大きく脈打った。
黒い霧が噴き上がり、一人の巨人を形作る。
高さは五メートルを超える。
全身を黒い鎧で覆い、両腕は巨大な刃へ変化していた。
「これが。」
「穢れの守護者。」
「《アビス・ガーディアン》だ。」
◇◇◇
ズシン。
巨人が一歩踏み出すだけで、大地が震える。
氷牙熊が低く唸る。
グルルル……。
しかし、守護獣ですら警戒を強めている。
「とんでもない威圧感ね……。」
ツバサが剣を握り直す。
「今までで一番だ。」
セシリアも盾を構えた。
◇◇◇
ヴェノムは笑みを浮かべる。
「安心しろ。」
「これは挨拶代わりだ。」
「私自身と戦う資格があるか。」
「試してやろう。」
思念体は徐々に薄れていく。
「蒼天霊樹を救いたければ。」
「まず、その守護者を越えてみせろ。」
そう言い残し、ヴェノムの姿は黒い霧となって消えた。
◇◇◇
残されたのは、穢れの守護者。
そして、黒い鎖に縛られ苦しむ蒼天霊樹。
ビルセイヤはゆっくりと白枝を正眼に構えた。
「みんな。」
「霊樹を救う。」
「そのために、この敵を倒す。」
仲間たちは力強く頷く。
蒼天の聖域で、これまでで最大の戦いの幕が上がろうとしていた。
――続く。




