第百九十五話 神代の風道
スノリア村で一夜を過ごした翌朝。
吹雪が嘘のように晴れ渡り、青く澄んだ空が蒼天の峡谷を覆っていた。
村人たちは広場へ集まり、旅立つビルセイヤたちを見送っている。
◇◇◇
「本当にありがとうございます。」
オルディス村長が深く頭を下げた。
「村を救っていただいただけでなく、希望まで取り戻してくださいました。」
ビルセイヤは穏やかに首を横へ振る。
「まだ終わっていません。」
「蒼天霊樹を救わなければ、この地の異変は再び起こります。」
「はい。」
村長は力強く頷いた。
「どうか、この地をお願いします。」
◇◇◇
リシアはフィリアへ駆け寄る。
「フィリアさん。」
「今度は私も、村のみんなを守れるようになりたいです。」
フィリアは優しく微笑み、少女の頭を撫でた。
「焦らなくて大丈夫。」
「まずは毎日の鍛錬を続けてください。」
「風は努力する人を見守ってくれます。」
「はい!」
リシアは元気よく返事をした。
◇◇◇
エアリスは村の西外れにある古い石碑の前で立ち止まった。
風を象った紋様が刻まれた、高さ二メートルほどの石碑。
「ここが聖域への入口です。」
そう告げると、エアリスは両手を胸の前で重ね、小さく祈りを捧げた。
「風よ。」
「千年の眠りを越え、再び道を開いてください。」
◇◇◇
その瞬間だった。
ゴォォォ……。
柔らかな風が石碑の周囲を巡り始める。
刻まれた紋様が淡い蒼色に輝き、地面へ巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「これは……。」
エミリアが目を見開く。
「転移魔法ではありません。」
「空間そのものを繋ぐ神代魔法です。」
ヴァルグラムが静かに頷いた。
『風道だ。』
『四霊樹へ仕える者だけが通ることを許された聖なる道。』
◇◇◇
ゆっくりと光が収まる。
すると石碑の向こう側には、今まで存在しなかった細い山道が現れていた。
道の両脇には蒼く輝く草花が咲き、透明な風の精霊たちが楽しそうに飛び回っている。
「すごい……。」
セシリアが思わず息を呑んだ。
「まるで別世界ね。」
「ここは聖域です。」
エアリスが静かに答える。
「穢れが入り込む前、本来の蒼天霊樹の領域でした。」
◇◇◇
一行は風道へ足を踏み入れる。
不思議なことに、歩くたび疲労が少しずつ癒えていく。
冷たかった空気も柔らかく、心まで軽くなるようだった。
ツバサが笑う。
「身体が軽い!」
「本当ですね。」
エミリアも驚いたように頷く。
「濃密な自然魔力が満ちています。」
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を背負ったまま周囲を見渡す。
神代の空気。
白き霊樹の聖域とも似ている。
しかし、ここには風が歌うような独特の静けさがあった。
「この場所なら。」
フィリアが微笑む。
「風の声がよく聞こえます。」
耳を澄ませると、確かに風が優しく囁いている。
――ありがとう。
――待っていた。
そんな声にも似た響きだった。
◇◇◇
その時だった。
氷牙熊が突然立ち止まり、低く唸る。
「グルル……。」
エアリスの表情が引き締まった。
「ここから先です。」
「どうした?」
ビルセイヤが尋ねる。
「穢れの気配が急に強くなりました。」
エミリアも杖を握り直す。
「私も感じます。」
「かなり濃い魔力です。」
◇◇◇
次の瞬間。
ドクン――。
まるで大地が脈打つような振動が足元を走った。
風道を満たしていた穏やかな風が止まる。
そして遥か前方。
巨大な蒼い光の柱が空へ伸びていた。
その美しい光へ、黒い鎖のような穢れが幾重にも巻き付き、少しずつ締め上げている。
「蒼天霊樹……!」
フィリアが息を呑む。
ビルセイヤは静かに白枝の柄へ手を添えた。
「間に合ってくれ。」
第三の霊樹は、今もなお穢れと戦い続けていた。
――続く。




