第百九十四話 蒼天霊樹への道
吹雪は止んだ。
厚い雲の切れ間から差し込む陽光が、スノリア村の雪景色を黄金色に照らしている。
先ほどまで村を覆っていた重苦しい空気は消え、静かな山風が家々の間を吹き抜けた。
村人たちは家の外へ出て、空を見上げている。
「晴れた……。」
「本当に吹雪が止んだ。」
「何年ぶりだ……。」
喜びの声が、あちこちから聞こえてきた。
◇◇◇
白き風の乙女は、静かに村人たちを見つめていた。
その表情には、長年の苦しみから解放された安堵の色が浮かんでいる。
オルディス村長が深く頭を下げた。
「あなたが……。」
「昔から伝わる白き風の乙女様だったのですね。」
女性は穏やかに微笑む。
「私はエアリス。」
「かつて蒼天霊樹へ仕えた巫女です。」
その名を聞いた瞬間、フィリアは小さく息を呑んだ。
「エアリス……。」
幼い頃、祖母から聞かされた伝承に登場する巫女と同じ名前だった。
◇◇◇
「神代の終わり。」
エアリスは静かに語り始める。
「蒼天霊樹は世界中へ風の巡りを届けていました。」
「四霊樹は互いに力を循環させ、大地を支えていたのです。」
ビルセイヤは黙って耳を傾ける。
「ですが、穢れが現れました。」
「私は霊樹を守るため、自らを結界へ同化させました。」
エアリスは胸へ手を当てた。
「長い眠りの中で、少しずつ穢れに蝕まれてしまったのです。」
◇◇◇
ヴァルグラムが静かに目を閉じる。
『神代最後の巫女……。』
『よくぞ千年もの間、耐え抜いた。』
エアリスは小さく微笑んだ。
「一人ではありませんでした。」
「蒼天霊樹が、ずっと支えてくれていました。」
その言葉には、深い絆が感じられた。
◇◇◇
「ですが。」
エアリスの表情が再び曇る。
「霊樹は限界です。」
「今も穢れと戦い続けています。」
エミリアが真剣な表情になる。
「残された時間は。」
「長くありません。」
エアリスは静かに頷いた。
「このままでは、風脈が完全に止まります。」
◇◇◇
フィリアは一歩前へ出た。
「案内してください。」
「私たちが蒼天霊樹を助けます。」
エアリスは優しく微笑む。
「ありがとう。」
「蒼雪の巫女。」
その瞬間、フィリアの胸元にある母の形見の首飾りが淡い蒼色に輝いた。
エアリスは目を細める。
「その首飾り……。」
「やはり受け継がれていたのですね。」
◇◇◇
「知っているんですか?」
フィリアが尋ねる。
「ええ。」
「それは蒼天霊樹の祝福を宿した護りの首飾りです。」
「代々、巫女の一族へ受け継がれてきました。」
フィリアは大切そうに首飾りを握り締めた。
「お母さんも……。」
「最後まであなたを守っていたのでしょう。」
その言葉に、フィリアの瞳が潤んだ。
◇◇◇
その時、氷牙熊がゆっくりとエアリスの傍らへ歩み寄った。
巨大な身体を伏せ、静かに頭を下げる。
エアリスは優しくその額を撫でた。
「お疲れさま。」
「よく頑張ってくれました。」
氷牙熊は安心したように目を細める。
「やっぱり守護獣だったんだな。」
ツバサが感心したように呟いた。
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を背へ納めた。
「出発しよう。」
「蒼天霊樹が待っている。」
エアリスは西の山々を見つめる。
「ここから先は、人が滅多に踏み入ることのない聖域です。」
「神代から続く道。」
「そして……。」
その表情が僅かに引き締まる。
「穢れを生み出している存在も、そこにいます。」
一同の空気が変わる。
蛇の牙。
あるいは、それとは別の何者か。
第三の霊樹を蝕む元凶との戦いが、いよいよ始まろうとしていた。
蒼く澄んだ風が、一行を聖域の奥へと導くように吹き抜ける。
――続く。




