第百九十三話 神域剣技、風哭を断つ
吹雪が咆哮する。
白き風の乙女は胸を押さえ、苦しげに涙を流していた。
その胸元から溢れ出る黒い穢れが、純白の風の魔力を蝕み、村全体を暴風雪で包み込んでいる。
「お願い……。」
彼女は震える声で呟く。
「もう……誰も……傷付けたくない……。」
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を静かに構えた。
翡翠色の光が刀身を包み込み、優しい輝きが吹雪の中へ広がっていく。
その姿を見たフィリアは、小さく微笑んだ。
「ビルセイヤさんなら……。」
「きっと救えます。」
ヴァルグラムも静かに頷く。
『迷いはない。』
『それでこそ、飛天御剣流の継承者だ。』
◇◇◇
ビルセイヤはゆっくりと歩みを進める。
吹雪は容赦なく身体を打ち付ける。
しかし、不思議なことに白枝の光が彼を包むたび、冷たい風は左右へ流れ、道を開いていった。
風の精霊たちが、彼の周囲を舞う。
まるで応援するように。
◇◇◇
「来ないで……!」
白き風の乙女が叫ぶ。
感情が揺らぎ、黒い穢れがさらに膨れ上がる。
ゴォォォォォッ!!
巨大な風の刃が幾重にも生まれ、ビルセイヤへ襲い掛かった。
「ビル!」
セシリアが叫ぶ。
しかし。
ビルセイヤは慌てることなく静かに踏み込む。
飛天御剣流の体捌き。
最小限の動きで風の刃をかわし、一歩ずつ距離を詰めていく。
◇◇◇
「すごい……。」
リシアは思わず息を呑んだ。
「風を読んでる……。」
エミリアも目を見開く。
「違います。」
「風そのものと呼吸を合わせているんです。」
風は敵ではない。
苦しんでいるのだ。
そう理解した瞬間、ビルセイヤの歩みはさらに自然になった。
◇◇◇
あと五歩。
あと三歩。
白き風の乙女との距離が縮まる。
彼女は涙を流しながら首を横へ振った。
「お願い……。」
「私を……。」
「止めて……。」
その言葉を聞いたビルセイヤは、小さく頷く。
「ああ。」
「必ず。」
「君を助ける。」
◇◇◇
白枝が静かに輝きを増す。
翡翠色の光が刀身から溢れ、吹雪を優しく照らす。
「飛天御剣流――。」
空気が静まり返る。
世界そのものが、その一太刀を見守っているかのようだった。
「神域剣技――。」
ビルセイヤは深く踏み込み、迷いなく振り抜く。
「《命脈断流》!」
◇◇◇
一筋の翡翠色の光が走る。
斬るのは命ではない。
斬るのは心を縛る穢れだけ。
刃は白き風の乙女の身体を傷付けることなく、胸元へ絡み付いていた黒い穢れだけを鮮やかに断ち切った。
パリン――。
黒い結晶が砕け散る。
穢れは悲鳴のような音を立てながら風へ溶け、やがて完全に消滅した。
◇◇◇
次の瞬間。
吹雪が止んだ。
空を覆っていた黒い雲がゆっくりと割れ、眩しい陽光が村へ降り注ぐ。
雪の結晶が光を受けて七色に輝く。
村人たちは家々から顔を出し、呆然と空を見上げていた。
「晴れた……。」
「吹雪が……止んだ……。」
誰かが震える声で呟く。
◇◇◇
白き風の乙女は、その場へ静かに膝をついた。
涙はもう流れていない。
代わりに、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「ありがとう……。」
その声は、春風のように優しかった。
フィリアが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
女性はゆっくりと頷く。
「あなたが……。」
「今代の蒼雪の巫女なのですね。」
フィリアは驚きながらも、小さく頷いた。
「はい。」
◇◇◇
白き風の乙女は、ビルセイヤへ深く頭を下げる。
「あなたは……。」
「アークレイド様が待ち続けた……。」
「希望の剣。」
ビルセイヤは静かに目を見開いた。
「アークレイドを知っているのか?」
女性は微笑む。
「もちろんです。」
「私は神代の終わりに、四霊樹へ仕えた巫女の一人。」
「風を司る《蒼天霊樹》の巫女――。」
その言葉に、ヴァルグラムは静かに目を閉じた。
『やはり、生きておったか……。』
神代から続く因縁は、ここでようやく一つの答えへ辿り着こうとしていた。
そして、風の巫女はゆっくりと西の山奥を見つめる。
「ですが……。」
「蒼天霊樹は、まだ眠ったままです。」
「皆さん。」
「どうか私と共に、霊樹のもとへ来てください。」
第三の霊樹との邂逅は、いよいよ目前まで迫っていた。
――続く。




