第百九十二話 白き風の乙女との邂逅
吹雪の中を、一羽の白い風の小鳥が先導する。
その小さな翼が羽ばたくたびに、荒れ狂う風がわずかに和らぎ、一行の進む道が開かれていく。
「ピィ……。」
優しい鳴き声が、まるで「こちらです」と導いているようだった。
◇◇◇
村の中央広場は、深い雪に埋もれていた。
石造りの噴水は厚い氷に覆われ、中央に立つ風神像も白銀の氷像へと姿を変えている。
吹雪はここだけ一段と激しい。
ビュオオオオ――。
風が渦を巻き、雪が空高く舞い上がる。
「すごい魔力……。」
エミリアが思わず息を呑んだ。
広場全体が、巨大な風の結界に包まれている。
◇◇◇
そして――。
風の中心に、一人の女性が立っていた。
純白の長い髪。
雪のように白い衣。
透き通るような白い肌。
その姿は、人というよりも精霊に近い神秘的な美しさを湛えている。
しかし、その瞳からは絶え間なく涙が零れ落ちていた。
涙が地面へ落ちるたび、小さな氷の花が咲く。
「……。」
フィリアは息を呑む。
「この人が……。」
「白き風の乙女。」
◇◇◇
女性は静かに顔を上げた。
その蒼い瞳が、フィリアを見つめる。
「……。」
驚き。
戸惑い。
そして、どこか懐かしむような感情が、その瞳に浮かんだ。
「蒼雪の……。」
かすれた声が風へ溶ける。
「巫女……。」
◇◇◇
その瞬間だった。
ゴォォォォォッ!!
吹雪が一気に勢いを増す。
風が暴れ、家々の屋根から雪が舞い上がる。
「危ない!」
セシリアが盾を構え、仲間たちの前へ立つ。
エミリアも結界魔法を展開した。
「《ウィンドシールド》!」
透明な風の壁が吹雪を受け止める。
しかし。
白き風の乙女は何もしていない。
ただ苦しそうに胸を押さえていた。
◇◇◇
「違う!」
フィリアが叫ぶ。
「この人は攻撃してるんじゃない!」
ビルセイヤも頷く。
「魔力が暴走しているだけだ。」
ヴァルグラムが低く告げる。
『穢れが心へ食い込んでいる。』
『感情に反応して風が暴れているのだ。』
◇◇◇
フィリアは杖を握り締め、一歩前へ出る。
「待ってください!」
吹雪の向こうへ呼び掛ける。
「私は敵じゃありません!」
女性は涙を流しながら首を横に振った。
「来て……は……だめ……。」
震える声。
「近付けば……。」
「また……。」
風が唸る。
「傷付けて……しまう……。」
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を鞘へ戻した。
「武器を収めた?」
ツバサが驚く。
「ああ。」
「この人と戦う必要はない。」
ゆっくりと歩き始める。
「ビル!」
セシリアが止めようとする。
しかしビルセイヤは静かに微笑んだ。
「大丈夫。」
「泣いている人へ剣は向けない。」
◇◇◇
一歩。
また一歩。
吹雪は激しさを増す。
冷気が頬を切り裂き、足元を凍らせる。
それでもビルセイヤは止まらない。
飛天御剣流の理念。
――民衆の守護者。
苦しむ者を救うための剣。
その教えが、彼の背中を押していた。
◇◇◇
女性は涙を流しながら叫ぶ。
「お願い……。」
「来ないで……!」
「私は……。」
「止められない……!」
その瞬間。
女性の胸元から黒い靄が噴き出した。
禍々しい穢れ。
白い魔力へ絡み付き、暴風雪をさらに激しくする。
「やっぱり!」
エミリアが叫ぶ。
「原因は穢れです!」
◇◇◇
ビルセイヤは静かに白枝の柄へ手を添えた。
「もう一度。」
「命は傷付けない。」
翡翠色の光が刀身を包む。
白き風の乙女は苦しそうに胸を押さえながら、それでも涙を流し続けていた。
その姿は、人々を襲う怪異ではない。
誰よりも苦しみ、助けを求めている一人の女性だった。
風の精霊の小鳥が高く舞い上がる。
そして一筋の光が、女性の胸元――黒い穢れへと差し込んだ。
ビルセイヤは静かに構える。
「飛天御剣流――。」
神域の剣が、再び人を救うために振るわれようとしていた。
――続く。




