第百九十一話 白き風の乙女の涙
「広場で泣き続けていた。」
オルディス村長の言葉が、静まり返った室内へ重く響いた。
フィリアは胸元の首飾りをそっと握り締める。
宿場町リンドで聞いた話。
街道で助けた商人たちの証言。
そしてリシアが出会ったという白い女性。
すべてが、一つの存在へ繋がり始めていた。
◇◇◇
「その人は……。」
ビルセイヤが静かに尋ねる。
「誰かを襲いましたか?」
オルディスはゆっくりと首を横に振る。
「いや。」
「誰一人として傷付けてはおらん。」
「ただ、広場の噴水の前へ立ち。」
「静かに涙を流していた。」
セシリアが思わず呟く。
「伝承とは全然違う……。」
◇◇◇
「ですが。」
オルディスは続けた。
「その人が現れると同時に吹雪が激しくなる。」
「村人たちは恐れて家へ閉じこもるしかない。」
「近付こうとした若者もいた。」
その表情が曇る。
「しかし、途中で身体が凍り始めた。」
「それ以上近付けなかったのです。」
エミリアが小さく息を吐く。
「自分の意思では止められない力……。」
◇◇◇
ヴァルグラムが低い声で告げる。
『霊樹との契約者か。』
『あるいは、それに近い存在。』
カグラも静かに続けた。
『悲しみが魔力を暴走させているのでしょう。』
『本人に悪意はありません。』
ビルセイヤは白枝へ視線を落とす。
「白き霊樹と同じか。」
『うむ。』
『穢れが心を蝕み、力だけが暴走している。』
◇◇◇
その時だった。
リシアの母親が、弱々しく身体を起こした。
「フィリアちゃん……。」
「おばさん!」
フィリアは慌てて駆け寄る。
女性は微笑みながら、フィリアの頬へそっと手を添えた。
「大きく……なったね。」
フィリアの瞳が潤む。
「ごめんなさい。」
「もっと早く帰ってくれば……。」
「謝らないで。」
女性は優しく首を振った。
「あなたは……。」
「自分の道を歩いたのでしょう?」
◇◇◇
ビルセイヤたちは静かにその様子を見守る。
女性はゆっくりと話し始めた。
「白き風の乙女は……。」
「昔から村を守ってくれていた存在なの。」
「守って?」
フィリアが聞き返す。
「ええ。」
「吹雪の日でも。」
「迷った子供や猟師を、村まで導いてくれた。」
リシアが驚く。
「おばあちゃんの話と同じ……。」
◇◇◇
「でも。」
女性の表情が曇る。
「三か月くらい前から。」
「泣くようになった。」
「泣き始めてから……。」
「吹雪も止まらなくなったの。」
フィリアは胸元の首飾りを見る。
淡い光は、先ほどより少し強くなっていた。
◇◇◇
その時。
コン……。
窓へ小さな音がした。
全員が振り向く。
一羽の白い小鳥が窓枠へ止まっている。
普通の鳥ではない。
身体が半透明で、風そのものから生まれたような姿をしていた。
「風の精霊……。」
エミリアが呟く。
◇◇◇
小鳥はフィリアを見つめ、小さく鳴いた。
「ピィ……。」
そして窓ガラスへ一度だけ嘴を当てる。
コン。
再び西を向く。
まるで「来て」と伝えるように。
「導いてくれてる。」
フィリアが立ち上がった。
ヴァルグラムも頷く。
『間違いない。』
『霊樹側がこちらを待っている。』
◇◇◇
ビルセイヤはオルディスへ向き直る。
「村長。」
「広場まで案内していただけますか。」
「今からか?」
「はい。」
「まずは白き風の乙女と会います。」
オルディスは一瞬驚いた表情を見せた。
しかし、ビルセイヤの真っ直ぐな瞳を見て、小さく頷く。
「分かりました。」
◇◇◇
外へ出ると、吹雪は再び強くなり始めていた。
雪が風に乗って渦を巻く。
しかし、不思議なことに。
風の精霊の小鳥は吹雪をものともせず、一行の前を飛んでいく。
「付いてきて。」
そう言っているかのようだった。
フィリアは母の形見の首飾りを胸に抱く。
そして、故郷の広場へ向かって歩き始める。
そこで待つのは、村人たちが恐れる白き風の乙女。
そして、風の涙に隠された真実だった。
――続く。




