第百九十話 凍てついた故郷
氷牙熊に導かれ、ビルセイヤたちは山道を駆け下りる。
眼下に広がるスノリア村は、白銀の雪に包まれていた。
しかし、その美しさとは裏腹に、村全体からは重苦しい空気が漂っている。
家々の煙突から立ち上る煙はほとんどなく、生活の気配も薄い。
まるで村そのものが眠りについてしまったかのようだった。
◇◇◇
「お父さん……お母さん……。」
リシアは祈るように呟きながら走る。
フィリアはそんな彼女の肩に手を添えた。
「大丈夫。」
「必ず助けます。」
その言葉には、自分自身へ言い聞かせるような強い決意も込められていた。
◇◇◇
村の入口へ辿り着くと、木製の門は厚い氷に覆われていた。
ビルセイヤは白枝を抜く。
「下がっていて。」
静かに呼吸を整える。
「飛天御剣流――。」
一閃。
カキィン――!
刃は門を傷付けることなく、氷だけを美しく断ち切った。
砕けた氷は光の粒となって風に舞い、門はゆっくりと開いた。
「すごい……。」
リシアは目を丸くする。
セシリアは微笑みながら言った。
「ビルの剣は、守るための剣だから。」
◇◇◇
一行は慎重に村へ入る。
道には人の足跡がない。
吹雪が消したのではない。
ここ数日、誰も外へ出られなかったことを物語っていた。
「静かすぎますね。」
ツバサが辺りを見回す。
すると、一軒の家の窓から、小さく灯りが揺れた。
「誰かいます!」
エミリアが駆け寄る。
◇◇◇
扉を叩くと、中から弱々しい声が返ってきた。
「……誰だ?」
「冒険者です。」
「助けに来ました。」
ゆっくりと扉が開く。
現れたのは、白髪の老人だった。
顔色は悪く、厚着をしているにもかかわらず震えている。
老人はフィリアを見るなり、大きく目を見開いた。
「その顔……。」
「まさか……。」
「フィリア、なのか?」
◇◇◇
フィリアも息を呑んだ。
「グランおじいちゃん……?」
老人は涙ぐみながら頷く。
「やっぱり、お前だったか……。」
フィリアが幼い頃、よく木彫りを教えてくれた近所の老人だった。
十年以上の時を経ても、その優しい眼差しは変わっていない。
フィリアは思わず老人の手を握る。
「ご無事で良かった……。」
◇◇◇
家の中へ案内されると、暖炉には弱々しい火が灯っていた。
部屋の奥には数人の村人が毛布に包まり横になっている。
皆、疲れ切った表情だった。
「村は、この有り様じゃ。」
グラン老人が静かに語る。
「吹雪が始まってからというもの、畑は全滅。」
「狩りにも出られん。」
「外へ出れば氷に閉ざされる。」
リシアは両親へ駆け寄った。
「お父さん!」
「お母さん!」
二人は弱々しく目を開き、娘の無事な姿を見て涙を流した。
◇◇◇
フィリアはすぐに治癒魔法を施す。
「《ヒール》。」
柔らかな聖なる光が部屋を包む。
村人たちの表情が少しずつ和らいでいく。
「身体は回復しています。」
エミリアが魔力を探る。
「ですが……。」
「どうした?」
ビルセイヤが尋ねる。
「病気ではありません。」
「何かに生命力を少しずつ奪われています。」
ヴァルグラムが低く唸った。
『霊樹だ。』
『正確には、穢れに侵された霊樹が周囲の命を吸ってしまっている。』
◇◇◇
その時、家の奥から一人の壮年の男性が姿を現した。
肩まで伸びた白髪に、厳しい表情。
しかし、その瞳には村人を守ろうとする強い意志が宿っている。
「フィリア……。」
彼は静かに娘のような眼差しを向けた。
「久しぶりだな。」
フィリアは深く頭を下げた。
「村長……。」
リシアが紹介する。
「この人がスノリア村の村長、オルディスさんです。」
◇◇◇
オルディス村長はビルセイヤたちへ向き直る。
「遠いところ、本当にありがとう。」
「だが……。」
その表情が曇る。
「もう時間がない。」
部屋の空気が張り詰める。
「昨夜。」
「白き風の乙女が、ついに村の中央広場へ姿を現した。」
フィリアの胸元の首飾りが、淡く光を放つ。
ビルセイヤは静かに白枝へ手を添えた。
「その人は、何をしていたんですか?」
オルディスはゆっくりと首を振る。
「何もしていない。」
「ただ……。」
「広場で泣き続けていた。」
その言葉に、一同は息を呑む。
泣く白き風の乙女。
それは宿場町リンドで聞いた証言とも一致していた。
そして、その涙と共に吹雪はさらに激しさを増しているという。
第三の霊樹へ繋がる真実は、もうすぐその姿を現そうとしていた。
――続く。




