第百八十五話 風の少女
「……巫女……さま……。」
少女はその言葉を残し、静かに意識を失った。
「しっかりしてください!」
フィリアはすぐに少女の傍らへ膝をつく。
頬へ手を添える。
冷たい。
まるで雪へ触れているようだった。
「呼吸はあります!」
エミリアが脈を確認する。
「ですが、体温が異常に低いです。」
ビルセイヤは少女の身体を覆う氷を見る。
街道で見た氷とは違う。
こちらは薄く、透き通っている。
そして――。
少女自身を守るように身体を包んでいた。
◇◇◇
「この氷は……。」
フィリアは慎重に魔力を流す。
すると氷が淡く青く輝いた。
「攻撃ではありません。」
「防御魔法です。」
「防御?」
セシリアが驚く。
「誰かがこの子を守るために?」
「ええ。」
フィリアは静かに頷く。
「しかも、とても高度な魔法です。」
ヴァルグラムも低く唸る。
『神代の術式に近い。』
『自らの命を守るため、自動で発動しているようだ。』
◇◇◇
「宿へ運びましょう。」
ビルセイヤが言う。
「ここでは寒すぎます。」
ダグラスたちもすぐに協力し、少女を慎重に担架へ乗せた。
氷は不思議なことに誰にも害を与えず、そのまま少女を包み続けている。
町の人々は心配そうに見送っていた。
「また山から来た子か……。」
「今年で三人目だ。」
「無事だといいが。」
そんな声が聞こえてくる。
◇◇◇
宿へ戻ると、フィリアとエミリアはすぐに治療を始めた。
「《ヒール》。」
優しい緑の光が少女を包む。
だが、大きな変化はない。
「傷はありません。」
エミリアが言う。
「魔力切れに近い状態です。」
「なら。」
フィリアは少女の額へ手を添えた。
「《マナ・リカバー》。」
淡い青い光が少女へ流れ込む。
ゆっくりと。
ほんの少しだけ。
少女の頬へ赤みが戻ってきた。
◇◇◇
「良かった……。」
フィリアは安堵の息を吐く。
その時だった。
少女を包んでいた氷が、小さな音を立てて砕け始めた。
パキ……。
パキパキ……。
まるで役目を終えたように、氷は静かに溶けていく。
「解除された。」
ビルセイヤが呟く。
「危険が去ったと判断したのでしょう。」
エミリアも頷いた。
◇◇◇
数時間後。
夕暮れ。
少女の瞼がゆっくりと開く。
「ここは……。」
小さな声だった。
「気が付きましたか?」
フィリアが優しく微笑む。
少女はフィリアを見るなり、大きく目を見開いた。
「巫女さま……!」
「違います。」
フィリアは苦笑する。
「私はフィリアです。」
「でも……。」
少女は涙ぐむ。
「蒼雪の巫女さま……。」
◇◇◇
ビルセイヤは椅子を引き寄せた。
「落ち着いて。」
「君の名前を教えてくれるかな。」
少女は少し緊張しながら答えた。
「リシアです。」
「スノリア村に住んでいます。」
フィリアの表情が変わる。
「スノリア村……!」
「はい。」
「フィリアさんの故郷ですね。」
リシアは何度も頷いた。
◇◇◇
「どうして一人で?」
セシリアが尋ねる。
リシアは俯いた。
「村長に。」
「助けを呼んできなさいって。」
「助け?」
「はい。」
「村が……。」
震える声。
「村のみんなが苦しんでいます。」
部屋の空気が張り詰める。
◇◇◇
「何があった。」
ビルセイヤが静かに聞く。
リシアは必死に言葉を紡ぐ。
「風が止まらないんです。」
「昼も。」
「夜も。」
「吹雪が続いて。」
「畑も。」
「家も。」
「全部……。」
涙が溢れる。
「お父さんも。」
「お母さんも。」
「動けなくなって。」
フィリアは思わず少女の手を握った。
「もう大丈夫。」
「落ち着いて。」
◇◇◇
「村長は。」
リシアは続ける。
「蒼雪の巫女さまなら。」
「きっと村を救ってくれるって。」
「だから。」
「私はここまで来ました。」
「一人で?」
「はい。」
ベルガが驚く。
「この距離を?」
「吹雪の中を?」
リシアは小さく頷いた。
「途中で。」
「白いお姉さんが。」
「道を教えてくれました。」
◇◇◇
「白いお姉さん?」
エミリアが聞き返す。
「はい。」
「とても綺麗な人でした。」
「泣いていました。」
その一言で、全員が息を呑む。
宿場町で聞いた話。
街道で救助した商人の証言。
そして伝承。
すべて一致している。
◇◇◇
「その人は。」
リシアは空を見上げるように呟く。
「フィリアさまへ。」
「『帰ってきて』って。」
「そう言っていました。」
フィリアの胸元で、母の形見の首飾りが淡く光る。
優しい風が部屋を吹き抜けた。
◇◇◇
ビルセイヤは静かに立ち上がる。
「予定を変更する。」
皆が彼を見る。
「明日の朝を待たない。」
「今夜のうちに準備を整える。」
「夜明けと同時に出発だ。」
「スノリア村へ向かう。」
セシリアたちも力強く頷いた。
「もちろん。」
「行きましょう。」
フィリアはリシアを見つめる。
そして優しく微笑んだ。
「帰ろう。」
「一緒に。」
その言葉を聞いたリシアは、安心したように涙を流した。
西から吹く風は、少しだけ温かくなったように感じられた。
蒼雪の巫女は、仲間と共に故郷への帰路につく。
その先で待つのは、第三の霊樹か、それとも白き風の乙女か。
新たな運命が、静かに動き始めていた。
――続く。




