第百八十一話 氷に閉ざされた街道
「全部、氷漬けになっています!」
リーナの報告に、その場の空気が一変した。
先ほどまで穏やかだった商隊の人々も、緊張した表情で顔を見合わせる。
「氷漬け……?」
ベルガが信じられないというように聞き返した。
「この季節にか?」
「はい。」
リーナは力強く頷く。
「街道の途中です。」
「荷馬車が三台。」
「人も馬も、そのまま凍っています。」
◇◇◇
「案内してくれ。」
ビルセイヤが立ち上がる。
「私も行きます。」
フィリアもすぐに続く。
「セシリア、エミリア、ツバサ。」
「護衛を頼む。」
「了解。」
一行はリーナの後を追い、街道を駆け出した。
◇◇◇
数分後。
街道が大きくカーブした先で、全員が足を止める。
「これは……。」
セシリアが息を呑んだ。
そこには三台の荷馬車が横倒しになっていた。
だが、本当に異常だったのは、その姿だった。
馬も。
荷馬車も。
積み荷も。
すべてが厚い氷に包まれている。
街道の中央だけが、巨大な氷の塊になっていた。
太陽の光を受けて青白く輝くその氷は、美しいとさえ思えるほどだった。
しかし、その美しさが、かえって不気味だった。
◇◇◇
「自然の氷じゃありません。」
エミリアが静かに断言する。
「魔力を感じます。」
フィリアも氷へ手を触れる。
冷たい。
だが、それだけではない。
「これは……。」
「氷魔法です。」
「しかも、かなり高度な。」
ツバサが周囲を見回す。
「魔物の仕業か?」
「分かりません。」
フィリアは首を横へ振る。
「でも。」
「この魔力……。」
少しだけ表情が曇る。
「どこか懐かしい気がします。」
◇◇◇
ビルセイヤは白枝の柄へ手を添えながら、氷を観察する。
刀身を少しだけ抜く。
キィン――。
白枝が微かに震えた。
「反応してる。」
ビルセイヤが呟く。
ヴァルグラムの声が響く。
『邪気は感じぬ。』
『蛇の牙の術ではないな。』
「じゃあ誰が……。」
セシリアが周囲を警戒する。
◇◇◇
「待ってください。」
エミリアが耳を澄ませる。
「何か聞こえます。」
全員が息を潜める。
すると。
微かに。
「……たす……け……。」
か細い声。
氷の中からだった。
「生きてる!」
セシリアが駆け寄る。
荷馬車の横。
氷の中には商人と思われる男性が閉じ込められていた。
意識はある。
だが身体はほとんど動かせない。
◇◇◇
「すぐ助けます!」
フィリアが杖を掲げる。
しかし。
「……駄目です。」
魔法を引っ込めた。
「どうした?」
「普通の火魔法では駄目です。」
「急激に温めると、氷が割れる前に中の人が傷付きます。」
「確かに。」
エミリアも頷く。
「慎重に溶かさないと危険です。」
◇◇◇
「俺がやる。」
ビルセイヤは白枝を抜いた。
「え?」
フィリアが振り向く。
「白枝なら。」
「氷だけを断てるかもしれない。」
命脈断流。
命を傷付けず、穢れだけを断つ剣。
ならば。
氷だけを断つこともできるはずだ。
◇◇◇
ビルセイヤは静かに刀を構える。
深呼吸。
集中。
目の前の氷を見つめる。
斬るのは人ではない。
命でもない。
氷だけ。
「……そこだ。」
白枝が静かに走る。
スッ――。
音もなく一閃。
◇◇◇
パキッ。
小さな音が響く。
続いて。
パキパキパキ……。
氷だけが細かく砕け始めた。
中にいた男性には、一切傷がない。
「成功です!」
フィリアが駆け寄る。
エミリアも治癒魔法を展開した。
「《ヒール》!」
淡い光が男性を包む。
男性は大きく咳き込み、ようやく自由に息を吸った。
「た……助かった……。」
◇◇◇
ベルガも商人へ駆け寄る。
「何があった!」
男性は震える指で西を指差した。
「白い……。」
「白い女……。」
「女?」
ツバサが眉をひそめる。
「空を……歩いて……。」
男性は恐怖に震えていた。
「風が……。」
「全部……凍った……。」
そこまで言うと、力尽きたように気を失う。
「命に別状はありません。」
エミリアが脈を確認する。
皆、安堵の息を吐いた。
◇◇◇
「白い女か。」
ビルセイヤが西の山々を見る。
その時。
フィリアが突然立ち尽くした。
その瞳は大きく見開かれている。
「……そんな。」
「どうした?」
セシリアが肩へ手を置く。
フィリアは小さく首を振った。
「違うと……思いたいです。」
「でも。」
「今の話。」
震える声で続ける。
「私の故郷に伝わる伝承と……。」
「そっくりなんです。」
◇◇◇
「伝承?」
ビルセイヤが尋ねる。
フィリアはゆっくり頷いた。
「蒼天の峡谷には。」
「昔から言い伝えがあります。」
「吹雪の夜。」
「白い衣を纏った女性を見た者は。」
「必ず氷へ閉ざされる――。」
誰も言葉を発しなかった。
西から吹く風が、一段と冷たさを増す。
それはまるで、一行を蒼天の峡谷へ誘うように、静かに吹き続けていた。
――続く。




