第百八十話 銀鹿商会
朝日に照らされたガルディア西門。
門前には十台を超える荷馬車が整然と並び、御者たちが最後の点検に追われていた。
荷台には木材や薬草、毛皮、加工した鉄製品など、西方各地へ運ばれる品々が積み込まれている。
先頭には、銀色の鹿を描いた旗。
《銀鹿商会》の紋章だった。
◇◇◇
「ようこそ、お越しくださいました。」
商隊長ベルガは穏やかな笑顔で一礼した。
年齢は四十代半ば。
丸みを帯びた体格に立派な口髭を蓄え、商人らしい落ち着いた雰囲気をまとっている。
「辺境伯様から話は伺っております。」
「ガルディアを救われた英雄の皆様と旅ができるとは、商会としても光栄です。」
ビルセイヤは軽く頭を下げる。
「俺たちも西へ向かう途中だ。」
「道中、世話になる。」
「こちらこそ。」
ベルガは柔らかく微笑んだ。
◇◇◇
「紹介しておきます。」
ベルガが振り返ると、数人の男女が前へ出てきた。
「商隊の護衛を務める冒険者です。」
一人目は、長身で大剣を背負った青年。
「私はダグラス。」
「Bランク冒険者です。」
日に焼けた顔立ちと落ち着いた物腰から、経験豊富なことがうかがえた。
二人目は、栗色の髪を後ろで束ねた女性。
腰には二本の短剣を下げている。
「リーナです。」
「斥候と索敵を担当しています。」
三人目は、眼鏡を掛けた青年魔術師。
「私はノエル。」
「土属性魔法を使います。」
最後に、小柄な少年が一歩前へ出た。
「えっと……。」
「見習い冒険者のユウトです!」
元気よく頭を下げる姿に、ツバサが笑みを浮かべる。
「若いな。」
「十五歳です!」
「俺より元気そうだ。」
「ツバサさんより元気じゃない人の方が少ないですよ。」
フィリアが真顔で言う。
「そこは否定してくれ。」
◇◇◇
護衛の四人は、ビルセイヤたちを見て少し緊張していた。
辺境伯直属の騎士たちから、白枝の泉での戦いはすでに伝わっていたのだ。
「まさか、本当に来るとは……。」
ダグラスが感心したように呟く。
「噂では、巨大な魔物を倒したとか。」
「噂は大きくなるものだ。」
ビルセイヤは苦笑する。
「仲間がいたから勝てた。」
その言葉に、リーナは少し驚いたような表情を浮かべた。
「……Sランクなのに、そう言うんですね。」
「一人じゃ勝てなかった。」
ビルセイヤは迷いなく答えた。
「戦いは仲間がいてこそだ。」
ダグラスは静かに頷いた。
「勉強になります。」
◇◇◇
「それでは出発します!」
ベルガの号令で荷馬車がゆっくりと動き始める。
西方交易路。
石畳が続く街道は、やがて緩やかな丘陵地帯へと伸びていた。
左右には広い草原。
その先には針葉樹の森。
さらに西には、うっすらと青い山並みが見えている。
「綺麗ですね。」
エミリアが微笑む。
「ガルディアの東とは景色が違います。」
「西へ行くほど山が多くなる。」
ベルガが説明した。
「あと五日ほど進めば、本格的な山岳地帯へ入ります。」
◇◇◇
旅は穏やかに始まった。
荷馬車の車輪が一定の音を刻み、商人たちは世間話を交わしながら歩いている。
ツバサは御者台へ座り、御者と楽しそうに話していた。
「この馬、いい脚してるな。」
「分かりますか!」
御者が嬉しそうに笑う。
「商会自慢の馬なんです!」
「足運びが綺麗だ。」
「腰も強い。」
「おおっ!」
「本当に分かる人だ!」
ツバサは満更でもない顔をしている。
セシリアが小声で笑った。
「また話し相手を見つけたわね。」
◇◇◇
一方、フィリアは商会の薬草担当の女性たちへ囲まれていた。
「これ、本当にガルディア産の薬草ですか?」
「品質がすごくいいですね!」
薬草の話になると、フィリアの表情は一気に明るくなる。
薬草の見分け方や保存方法を語る姿は、まさに薬師そのものだった。
「フィリアさん、楽しそう。」
エミリアが微笑む。
「好きなことを話している時は、いつもあんな感じですよ。」
◇◇◇
昼頃。
一行は街道脇の小川で休憩を取ることになった。
澄んだ水が流れ、小鳥のさえずりが響く穏やかな場所だった。
商人たちは昼食の準備を始める。
ビルセイヤも白枝の手入れをしようと腰を下ろした、その時だった。
「……?」
彼はふと、西の空を見上げる。
風が変わった。
昨日感じた冷たさとは違う。
今度は乾いた風。
そして、その奥に――。
「ビルセイヤさん。」
フィリアも同じ方向を見ていた。
「感じますか?」
「ああ。」
ビルセイヤは静かに頷く。
「風の流れが、おかしい。」
◇◇◇
エミリアも目を閉じ、精霊たちへ意識を向ける。
しかし。
すぐに眉をひそめた。
「風の精霊が……。」
「怯えています。」
「また異変か?」
セシリアが立ち上がる。
「まだ分かりません。」
エミリアは首を振る。
「でも、この先で何かが起きています。」
◇◇◇
その時。
街道の前方を警戒していたリーナが、木の上から飛び降りてきた。
「商隊長!」
息を切らしながら叫ぶ。
「前方三百メートル!」
「街道が塞がれています!」
「何だと?」
ベルガが立ち上がる。
「倒木か?」
「違います!」
リーナは険しい表情で答えた。
「荷馬車です!」
「しかも……。」
一瞬だけ言葉を止める。
「全部、氷漬けになっています!」
その報告に、フィリアの表情が変わった。
「氷……。」
西から吹く風が、再び一行の頬を撫でる。
その冷たさは、まるで何かが助けを求めているようだった。
――続く。




