第百七十六話 辺境伯の感謝
夕暮れが迫る頃。
ビルセイヤたちはロドリグたちと共に、ガルディアの街へ戻ってきた。
街の門へ近づくにつれ、門番や見張りの兵士たちが次々とこちらへ視線を向ける。
やがて、担架に乗せられた二人の兵士――カイルとベルンの姿を見つけた瞬間。
「戻ったぞ!」
「カイル隊員だ!」
「ベルンも生きている!」
歓声が門前に広がった。
街中から兵士や住民が集まり始める。
誰もが行方不明となっていた二人の生還を喜んでいた。
◇◇◇
「ロドリグ!」
館から駆け寄ってきた騎士が叫ぶ。
「辺境伯様へ!」
「すぐに知らせろ!」
「はっ!」
一人の伝令が全力で館へ走っていく。
ロドリグはビルセイヤへ向き直り、深々と頭を下げた。
「本当に……ありがとうございました。」
「お二人とも助けていただき、感謝してもしきれません。」
ビルセイヤは静かに首を振る。
「礼なら無事だった二人へ言ってくれ。」
「最後まで諦めなかったから助けられた。」
ロドリグは力強く頷いた。
◇◇◇
館へ戻ると、応接室では辺境伯ダリウスが待っていた。
大柄な体を椅子から立ち上がらせると、真っ直ぐビルセイヤたちの前まで歩み寄る。
「……戻ったか。」
短い言葉。
だが、その表情には安堵が浮かんでいた。
「はい。」
ビルセイヤは頷く。
「ルミナスの深森の異変は収まりました。」
「白枝の泉も浄化されています。」
「行方不明だった兵士二名も救出しました。」
その報告を聞き終えたダリウス辺境伯は、ゆっくりと目を閉じる。
そして、大きく息を吐いた。
「そうか……。」
「本当に終わったのだな。」
◇◇◇
辺境伯は静かに頭を下げた。
貴族、それも辺境伯という立場の人間が、自ら頭を下げる。
部屋にいた兵士たちは驚きに目を見開いた。
「辺境伯様!」
ロドリグが思わず声を上げる。
しかしダリウスは顔を上げなかった。
「ガルディアを代表して礼を言う。」
「君たちは、この領地だけでなく、森そのものを救ってくれた。」
その言葉には一切の飾りがなかった。
心からの感謝だった。
◇◇◇
セシリアが少し困ったように笑う。
「頭を上げてください。」
「私たちは依頼を果たしただけです。」
ツバサも苦笑する。
「そんな大層なことじゃないですよ。」
ダリウスはようやく顔を上げた。
「依頼以上のことを成し遂げた。」
「森を救い、兵を救い、街を救った。」
「それは誰にでもできることではない。」
◇◇◇
その時、扉が静かに開く。
「失礼します。」
入ってきたのはルルだった。
女性兵士に付き添われていたが、その表情は以前よりずっと明るい。
部屋へ入るなり、ビルセイヤたちの姿を見つけ、小さく笑った。
「白い木……。」
「笑ってた。」
その一言に、エミリアも優しく微笑む。
「そう。」
「助かったんですね。」
ルルは何度も頷いた。
「森のみんなも。」
「もう苦しくない。」
◇◇◇
ルルはビルセイヤの前まで歩いてくる。
そして、小さな袋を差し出した。
「これ。」
「お礼。」
「私に?」
袋の中には、白く透き通った木の実が三つ入っていた。
ほんのりと甘い香りが漂う。
エミリアが目を丸くする。
「まさか……。」
「白枝の実です。」
「白枝の実?」
フィリアが首を傾げる。
「白き霊樹の加護を受けた木だけに実る、とても貴重な果実です。」
「市場にはまず出回りません。」
ルルは照れくさそうに笑った。
「森の宝物。」
「助けてくれた人へ。」
◇◇◇
ビルセイヤは両手で大切に受け取る。
「ありがとう。」
ルルは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、ダリウス辺境伯も穏やかな表情になる。
「ルルの笑顔を見るのは初めてだ。」
「それだけでも、君たちが来てくれた意味は大きい。」
◇◇◇
ダリウス辺境伯は机の引き出しから一通の封筒を取り出した。
「これは王都への報告書だ。」
「今回の件は、私自身がライオット陛下へ報告する。」
そして、もう一枚。
金色の封蝋が押された紹介状を差し出す。
「こちらは私からの紹介状だ。」
「今後ガルディア辺境伯領で困ることがあれば、いつでも見せてほしい。」
「私の名において最大限の便宜を図る。」
「ありがとうございます。」
ビルセイヤは丁寧に受け取った。
◇◇◇
応接室を出る頃には、すっかり夜になっていた。
街には久しぶりに笑顔が戻っている。
酒場からは賑やかな声が聞こえ、兵士たちも肩の力を抜いて語り合っていた。
「ようやく平和が戻ったな。」
ツバサが空を見上げる。
「ええ。」
セシリアも頷く。
「でも、まだ終わりじゃない。」
ビルセイヤは胸元へ手を当てる。
そこには白き霊樹との契約の証が静かに宿っていた。
四霊樹のうち、契約したのは二柱。
残るは、あと二柱。
そして、蛇の牙の首領をはじめとする幹部たちも、まだ姿を現していない。
新たな試練は、確実に近づいていた。
だが今だけは――。
救われた森と、人々の笑顔を胸に刻みながら、ビルセイヤたちは束の間の平穏を味わうのだった。
――続く。




