第百七十四話 白き霊樹の契約
白き霊樹の幹が、静かに輝きを増していく。
白銀の樹皮に浮かび上がった古代文字は、まるで生き物のようにゆっくりと流れ、聖域全体へ神聖な光を広げていた。
風が止む。
鳥たちも鳴き止む。
森そのものが、白き霊樹の言葉を待っているようだった。
◇◇◇
「これは……。」
エミリアは思わず息を呑む。
「精霊たちが跪いています……。」
見渡せば、無数の光の粒となった精霊たちが白き霊樹の周囲へ集まり、静かに揺れていた。
その様子は、まるで神へ祈りを捧げる信徒のようだった。
フェンリルも前脚を折り、頭を深く垂れる。
守護獣として、古き主へ最大の敬意を示していた。
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を鞘へ納め、静かに霊樹の前へ歩み出る。
すると、白き霊樹から一本の枝がゆっくりと伸びてきた。
枝先には、雪の結晶のように美しい白い葉が一枚。
その葉が、そっとビルセイヤの額へ触れる。
瞬間――。
視界が白い光に包まれた。
◇◇◇
そこは、どこまでも白い空間だった。
しかし世界樹の試練で訪れた場所とは違う。
温かな光が満ち、心が自然と安らぐ。
その中央に、一人の女性が立っていた。
雪のように白い長髪。
翡翠色の瞳。
純白の衣を纏い、どこか儚げな微笑みを浮かべている。
「ようこそ。」
優しい声だった。
「白き霊樹へ選ばれし者。」
ビルセイヤは自然と頭を下げた。
「あなたは……。」
「私はアルヴェリア。」
「白き霊樹を司る精霊王です。」
◇◇◇
「精霊王……。」
ビルセイヤは目を見開いた。
エミリアが話していた精霊たち。
その頂点に立つ存在が、目の前にいる。
アルヴェリアは穏やかに頷いた。
「長い間、眠っていました。」
「蛇の牙が白枝の泉を侵し、私もまた穢れに囚われていたのです。」
「それを救ってくれたのが、あなた。」
その微笑みには深い感謝が込められていた。
◇◇◇
「俺一人じゃありません。」
ビルセイヤは静かに答える。
「仲間がいてくれたからです。」
「セシリアも。」
「エミリアも。」
「ツバサも。」
「フィリアも。」
「フェンリルも。」
「みんなで助けたんです。」
アルヴェリアは嬉しそうに目を細めた。
「だからこそ。」
「あなたは選ばれたのですね。」
◇◇◇
彼女はゆっくりと右手を差し出す。
その掌には、一粒の白い種があった。
種とは思えないほど透明で、美しい光を放っている。
「これは?」
「白き霊樹の種子。」
アルヴェリアは静かに答えた。
「世界樹を支える四霊樹。」
「その一柱としての証です。」
ビルセイヤは驚く。
「俺に?」
「はい。」
「ですが、これは力ではありません。」
「責任です。」
◇◇◇
アルヴェリアの表情が真剣になる。
「世界樹は今も傷ついています。」
「蛇の牙だけではありません。」
「世界の各地で封印は少しずつ弱まり続けています。」
その言葉に、ビルセイヤは思い出す。
古代神殿。
黒き胎。
アークレイド。
そして今回の事件。
すべてが一本の線で繋がっていた。
◇◇◇
「千年前。」
アルヴェリアは静かに続ける。
「アークレイドは四霊樹すべてと契約を交わしました。」
「ですが、封印を完成させる代償として、その契約は次代へ託されたのです。」
「次代……。」
「ええ。」
アルヴェリアは微笑む。
「あなたが、その継承者です。」
◇◇◇
白い種子がゆっくりと浮かび上がる。
そして光となって、ビルセイヤの胸へ吸い込まれていった。
ドクン――。
心臓が一度だけ大きく脈打つ。
温かな光が全身を巡った。
「これは……。」
「第二の契約。」
アルヴェリアが静かに告げる。
「これよりあなたは、紅蓮の霊樹だけでなく、白き霊樹の契約者でもあります。」
その瞬間、ビルセイヤの胸元に紅と白、二色の紋章が淡く浮かび上がった。
◇◇◇
「契約は終わりではありません。」
アルヴェリアは優しく微笑む。
「まだ二つ。」
「あなたを待つ霊樹があります。」
「残る二柱……。」
ビルセイヤが呟くと、アルヴェリアは静かに頷いた。
「その時が来れば、自然と導かれるでしょう。」
◇◇◇
光の世界がゆっくりと薄れていく。
最後にアルヴェリアは穏やかな笑みを浮かべた。
「どうか忘れないでください。」
「力とは、誰かを支配するためではなく。」
「誰かを守るためにあるものです。」
「はい。」
ビルセイヤは力強く頷いた。
「俺は、この力で大切な人たちを守ります。」
その答えを聞き、白き精霊王アルヴェリアは満足そうに微笑んだ。
◇◇◇
次の瞬間。
ビルセイヤは聖域へ意識を戻していた。
目の前では仲間たちが心配そうに見守っている。
「ビルセイヤ!」
セシリアが駆け寄る。
「大丈夫?」
「ああ。」
ビルセイヤは静かに微笑んだ。
「少し話をしてきた。」
その穏やかな表情を見たエミリアは、すぐに気付く。
「契約、されたのですね。」
ビルセイヤは静かに頷いた。
白枝の泉に、柔らかな風が吹く。
白き霊樹は祝福するように枝葉を揺らし、新たな契約者の誕生を森全体へ告げていた。
――続く。




