第百七十二話 神域剣技――命脈断流
白枝が静かに天を指す。
白銀、紅蓮、そして翡翠。
三つの光が刀身へと溶け合い、これまでとはまったく異なる輝きを放っていた。
それは力強さを誇示する光ではない。
命を慈しむような、どこまでも優しい光だった。
聖域全体へ、その光が静かに広がっていく。
◇◇◇
白き霊樹の枝葉が揺れる。
フェンリルはその光を見上げ、小さく吠えた。
エミリアは思わず目を見開く。
「精霊たちが……」
森中の精霊が集まってきていた。
風の精霊。
水の精霊。
土の精霊。
木々に宿る小さな命。
無数の光が、白枝の周囲を舞っている。
「霊樹だけじゃありません……」
フィリアも感嘆する。
「森そのものが、ビルセイヤさんへ力を貸しています。」
◇◇◇
融合したガイゼルは激しく咆哮した。
「認めぬ……!」
「人間が!」
「神代の力を扱うなど認めぬ!!」
四本の腕が同時に振り下ろされる。
轟音。
衝撃波。
大地が大きく裂ける。
「ビルセイヤ!」
セシリアが盾で受け止める。
全身へ凄まじい衝撃が走った。
「ぐっ……!」
ツバサも横から飛び込み、剣で腕を逸らす。
「早く行け!」
「今しかねぇ!」
◇◇◇
ビルセイヤは静かに目を閉じた。
呼吸を整える。
一つ。
二つ。
世界の音が消えていく。
聞こえるのは。
風。
水。
木々。
命の鼓動。
そして――。
『ビルセイヤ。』
優しい声だった。
アークレイド。
その思念が一瞬だけ微笑む。
『もう教えることはない。』
『あとは、お前自身の剣だ。』
「はい。」
ビルセイヤは静かに頷いた。
◇◇◇
目を開く。
世界が違って見えた。
ガイゼルの身体。
翡翠魔核。
黒い瘴気。
そして、その奥深く。
微かに残る、一人の人間の魂。
「……まだいる。」
ガイゼル自身の魂だった。
完全には穢れへ飲み込まれていない。
ほんの僅か。
本当に僅かだけ。
命の光が残っていた。
「助けられる。」
ビルセイヤは小さく呟く。
◇◇◇
『そうだ。』
ヴァルグラムが静かに笑う。
『ようやく見えたな。』
カグラも微笑む。
『命は、まだ繋がっています。』
◇◇◇
ガイゼルが叫ぶ。
「何を見ている!」
「私は神だ!」
「神になるのだ!」
ビルセイヤは首を横へ振った。
「違う。」
「お前は苦しんでる。」
「黙れぇぇぇ!!」
巨大な身体が突撃する。
これが最後の一撃。
誰もがそう悟った。
◇◇◇
ビルセイヤは白枝を静かに構える。
飛天御剣流。
そして神域剣技。
さらに、その先。
アークレイドから受け継ぎ、自ら完成させた新たな剣。
「命を絶つためじゃない。」
「命を還すための剣。」
刀身が静かに輝く。
白き霊樹。
紅蓮の霊樹。
森の精霊。
仲間たち。
すべての願いが、一太刀へ集まる。
「神域剣技――」
ビルセイヤは一歩踏み込んだ。
「《命脈断流》」
◇◇◇
音は、なかった。
ただ一筋の白い光だけが聖域を横切る。
次の瞬間。
翡翠魔兵の身体を巡る黒い魔力が、一斉にほどけ始めた。
パキ……
パキパキ……
黒い結晶が次々と砕け散る。
「な……。」
ガイゼルが目を見開く。
「魔核が……。」
翡翠魔核へ絡みついていた瘴気だけが切り離される。
白き霊樹へ流れ込んでいた穢れも、すべて断ち切られた。
しかし。
肉体も魂も傷付いてはいない。
命だけが守られていた。
◇◇◇
「これが……。」
フィリアは涙ぐむ。
「命を繋ぐ剣……。」
エミリアも静かに頷く。
「穢れだけを斬った……。」
セシリアは思わず笑みを浮かべる。
「やっぱりビルセイヤね。」
ツバサは剣を肩へ担ぎ、大きく笑った。
「とんでもない奴だ。」
◇◇◇
ガイゼルは膝をついた。
翡翠魔兵は完全に動きを止める。
巨大な身体は光の粒となって崩れ始めた。
白き霊樹へ光が還っていく。
ガイゼルは震える手で空を見上げた。
「私は……。」
「何を……。」
狂気は消えていた。
そこに残っていたのは、一人の老人にも見える疲れ切った男だけだった。
その時。
白き霊樹が優しい光を放つ。
穢れを失った聖域に、穏やかな風が吹き抜けた。
長きにわたる蛇の牙の陰謀は、ついに終焉の時を迎えようとしていた。
――続く。




