第百七十一話 命繋ぐ剣
ゴォォォォォッ――!!
融合したガイゼルが咆哮を上げる。
その声だけで空気が震え、白枝の泉の水面が激しく波立った。
巨大な四本の腕には黒い結晶が幾重にも重なり、胸部の翡翠魔核はこれまで以上に激しく脈打っている。
黄金色だった瞳は半ば翡翠色へ染まり、人としての面影はほとんど失われていた。
それでも、その奥には確かな意思だけが残っている。
狂気という名の執念だった。
◇◇◇
「契約者候補……!」
ガイゼルの声は、男のものと魔兵のものが重なり合うような不気味な響きを帯びていた。
「その剣を……よこせ!」
轟音と共に、巨大な拳が振り下ろされる。
「散開!」
ビルセイヤの声で全員が飛び退いた。
ドォォォォン!!
拳が大地へ叩きつけられ、衝撃波が森を駆け抜ける。
白枝の泉の岸辺が崩れ、土煙が舞い上がった。
◇◇◇
「《アイスランス》!」
エミリアが氷の槍を放つ。
十数本の氷槍がガイゼルの肩や腕へ突き刺さる。
しかし――。
パキン。
結晶が淡く輝いただけで、氷は粉々に砕け散った。
「効きません!」
「物理も魔法も耐性が上がっています!」
◇◇◇
「なら!」
フィリアが聖杖を掲げる。
「聖なる光よ、邪なる魂を照らせ!」
「《ホーリー・レイ》!」
純白の光線が翡翠魔核へ直撃する。
ジュウゥゥッ!!
魔核から黒い煙が立ち昇る。
「効いてる!」
セシリアが声を上げた。
だが、その直後。
魔核は再び翡翠色の光を放ち、傷が塞がっていく。
「再生が早い……!」
フィリアが悔しそうに唇を噛む。
◇◇◇
ヴァルグラムは静かに目を閉じた。
『……まだ足りぬ。』
ビルセイヤが問い返す。
「何が?」
『お前の《断流》は完成していない。』
『穢れは断てる。』
『だが、命と穢れが完全に混ざった今の奴には届かぬ。』
「じゃあ、どうすればいい?」
炎神はゆっくりと答えた。
『救え。』
「……え?」
『斬るのではない。』
『繋ぐのだ。』
◇◇◇
その言葉に、ビルセイヤは目を見開いた。
繋ぐ。
剣で。
そんなことができるのか。
その時――。
白き霊樹から、柔らかな光が降り注いだ。
枝葉が静かに揺れる。
そして、優しい女性の声が心へ響いた。
『命は……断つものではありません。』
『命は……繋ぐもの。』
『世界樹も……霊樹も……そうして世界を育んできました。』
◇◇◇
「そうか……。」
ビルセイヤは白枝を見つめる。
鍛冶とは何だった。
折れた刃を打ち直し。
欠けた刃を甦らせ。
鉄へ新たな命を吹き込む技。
剣もまた同じだった。
壊すためではない。
守るためにある。
「だから……。」
白枝をゆっくりと構える。
「俺の剣は、人も森も守る。」
◇◇◇
その瞬間。
七枚の白い葉が白枝へ溶け込んだ。
キィィィィン――。
刀身は白銀から淡い翠色へ輝きを変える。
炎心晶も静かに共鳴した。
紅蓮の霊樹。
白き霊樹。
二つの霊樹の力が、一振りの刀へ重なる。
カグラが涙ぐむ。
「契約が……。」
「さらに深まりました。」
◇◇◇
ガイゼルは焦ったように叫ぶ。
「その光は!」
「なぜ!」
「人間ごときが!」
巨大な腕を何本も振り回し、一斉に襲い掛かる。
「セシリア!」
「ここは任せて!」
盾を構え、真正面へ立つ。
ツバサも横へ並んだ。
「行け!」
「ここは俺たちが止める!」
エミリアとフィリアは後方で魔法陣を展開する。
「精霊たち!」
「ビルセイヤを支えて!」
「聖なる加護を!」
風と聖光が一つとなり、ビルセイヤを包み込んだ。
◇◇◇
白枝を握る手に、不思議な温もりが伝わる。
それはアークレイドの記憶。
神代の英雄が最後に辿り着いた境地。
頭の中へ、一つの技が流れ込んできた。
『最後の一太刀は。』
『命を奪う剣ではない。』
『命を繋ぐ剣であれ。』
ビルセイヤは静かに微笑む。
「ありがとうございます。」
誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
アークレイドへ。
白き霊樹へ。
世界樹へ。
あるいは、ここまで支えてくれた仲間たちへ。
そのすべてだった。
◇◇◇
白枝がゆっくりと天へ掲げられる。
白銀。
紅蓮。
翠。
三つの光が一つとなる。
その輝きは、聖域全体を優しく照らした。
ヴァルグラムが静かに頷く。
『完成するぞ。』
カグラも祈るように両手を重ねた。
『神域剣技、その先の境地――。』
融合したガイゼルが咆哮を上げながら迫る。
ビルセイヤは静かに一歩踏み出した。
その瞳には、もはや迷いはない。
命を守るための、新たな剣技が今、誕生しようとしていた。
――続く。




